いかに相手に「ウインウイン」だと思わせるか
鮫島 もうひとつ、強い相手と交渉を進めるときに絶対に守ってほしいことがあります。「しっかりと契約書を交わしてからプロジェクトを進める」ということです。これは日本特有の文化なのかもしれませんが、交渉中、つまり「契約をしていない状態」なのにプロジェクトを進めてしまうケースがかなりあるんです。
ライアン ありますね。
鮫島 あれは、困りますよね。
ライアン 契約をしないうち「いいね、いいね」で話が進んでプロジェクトを動かしてしまって、こちらが3億円くらい投資をした後で、急に向こうから「辞めたい」と、はしごを外されるような事例ですね。これをやられてしまうともう、どうしようもない。
鮫島 弱者が一番やってはいけない行動です。「契約書を交わさないうちにプロジェクトを進める」というのは。はしごをはずされたら、相手の言いなりになるしかなくなってしまいますからね。そうなったら、「交渉決裂カード」の切りようもない。
ライアン そうですね。「交渉決裂カード」が最強のカードだから、それを使えない状況は可能な限り避けるべきですよね。交渉を始める前に、「交渉決裂」のラインを引く。「この一線を譲ったら、目的を達成することができない」というラインを引く。そして、その一線は絶対に守る覚悟を決めるのが、強者と交渉するときにいちばん大切なことだと思いますね。
鮫島 私ももちろん「交渉決裂」のラインは定めます。ただ、その前に「この条件ならば両者ウインウイン」となるのはどのような条件かをイメージしますね。そこから「ちょっと欲張って、こちらが嬉しい条件」と「これ以上は絶対に譲歩できない条件」を定めていきます。
ライアン なるほど。アメリカには「お互いに損したと思った交渉が、よい交渉だ」という言葉があります。これ、私の実感に合うんです。自分の要求がすべて通る交渉なんてほぼありません。お互いに損をしつつ、お互いに得をするのが交渉。その意味で「ウィンウィン」をめざすというのはわかる。
ただし、私はあまり「ウィンウィン」という言葉は信じていません。というのは、私自身が「ウィンウィン」という言葉を使うことで、あくまでもクライアントの目的を達成する条件を引き出すことを考えているからです。相手だってそのはずです。「ウインウイン」という言葉は、双方が自分の主張を相手に通すための方便でしかないと思っているんです(笑)。
鮫島 おもしろい。それが、交渉の現実かもしれませんね。
ライアン むしろ、お互いにそういうスタンスだからこそ、交渉が成立すると思っているんです。だから、私の仕事は、「お互いにウインウインの決着をつけること」ではなく、あくまで「クライアントの目的を達成すること」だと考えている。相手もそういうスタンスでいい。だからこそ、結果として「ウィンウィン」は生まれるんだ、と。
鮫島 なるほど。たしかに、強い相手と交渉をするには、それくらいの意識で臨まないといけないかもしれない。がっぷり四つに組み合って、お互いに一歩も動けない状況になったときに、はじめてお互いに譲り合って、「ウィンウィン」を見つける。それが交渉なのかもしれない。ただ、「ここなら折り合える」という「ウィンウィン」のイメージをもっておかないと、そのような局面でうまく着地できないと思いますね。
ライアン それはそうだ。私は、「交渉は戦いだ」と認識していますから、「ウィンウィンをめざすのが交渉」という発想は甘いと思っています。しかし、おっしゃるとおり、戦いのプロセスでどこで折り合うかを見極める判断力はきわめて重要ですよね。
鮫島 ライアン先生が主戦場としているグローバル・ビジネスでは、おっしゃるとおりなんでしょうね。日本国内の交渉ではあまり「戦い」を前面に出すのは得策ではないと思いますが、グローバルな交渉ではそれでは甘いのかもしれない。これからますますグローバル化するなかで、耳を傾けるべきご意見だと思いました。
ライアン こちらこそ、本日はたいへん勉強になりました。お忙しいなか、ありがとうございました。
(対談おわり)