まるで別人!コンサルや5大商社を辞めたエリートが“ただの人”になる根本理由、「名刺が使えない」ではなく…Photo:SOPA Images/gettyimages

京都先端科学大学教授/一橋ビジネススクール客員教授の名和高司氏が、このたび『シン日本流経営』(ダイヤモンド社)を上梓した。日本企業が自社の強みを「再編集」し、22世紀まで必要とされる企業に「進化」する方法を説いた渾身の書である。本連載では、その内容を一部抜粋・編集してお届けする。今回のテーマは「組織能力」。マッキンゼー、三菱商事、三井物産、ソニー、トヨタ自動車――。勝ち組企業には、社員のパワーを10倍にする組織能力が備わっている。在籍時は活躍していたエリートが、辞めた途端に別人のごとく輝きを失う例もある。各社はなぜ、社員の実力を大きく引き上げることができるのか。名和教授が独自の目線で考察する。

会社辞めたらただの人!?
社員のパワーを10倍にする「組織能力」

 組織能力とは何か。一言で言えば、一人ひとりの能力の総和を、桁違いに高める能力を指す。それを筆者は「10X(10倍化)」パワーと呼ぶ。

 具体例で示そう。たとえば筆者が20年近く在籍していたマッキンゼー。そもそも優秀な人財の集まりだったが、それぞれのメンバーの能力の何倍もの価値を紡ぎ出すマジックパワーがある。マッキンゼーを去ると、そのマジックパワーが使えなくなる。ただの等身大の人間にすぎなくなるのだ。それが筆者自身、長らくマッキンゼーに所属し続けた理由でもあり、辞めた途端に実感したみずからの非力感でもある。

 日本の優良企業も同じだ。たとえばトヨタやソニー、三菱商事(ここも筆者の出身母体)や三井物産、あるいは、リクルートやキーエンス。いずれも優秀な人財を輩出することで知られているが、辞めた途端に前と比べると、別人と思えるほどパワーレスになってしまう。

 組織能力とは、一人ひとりが持つ能力をターボチャージするマジックパワーのことだ。だとすると、会社の本務は個々人の能力育成ではない。繰り返しになるが、それは一人ひとりが自主的にやるべきことで、会社側が手取り足取り教育するものではない。会社としてすべきは、自社ならではの組織能力の源泉を見極め、それを進化させ続けることにある。

 人財投資を増やすことは極めて簡単だ。利益の何割を人財投資に回すかは、執行側の専権事項である。しかし、それによってほかの投資機会より優れたリターンを生むという保証はどこにもない。人財への投資拡大を掲げる企業は少なくないが、そのような安易な経営を、資本市場はむしろ冷ややかに見ている。組織能力を高めるという経営の本務を、棚上げしているとしか見えないからだ。

まるで別人!コンサルや5大商社を辞めたエリートが“ただの人”になる根本理由、「名刺が使えない」ではなく…PHOTO (C) MOTOKAZU SATO
京都先端科学大学 教授|一橋ビジネススクール 客員教授
名和高司 氏

東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカー・スカラー授与)。三菱商事を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてディレクターとして約20年間、コンサルティングに従事。2010年より一橋ビジネススクール客員教授、2021年より京都先端科学大学教授。ファーストリテイリング、味の素、デンソー、SOMPOホールディングスなどの社外取締役、および朝日新聞社の社外監査役を歴任。企業および経営者のシニアアドバイザーも務める。 2025年2月に『シン日本流経営』(ダイヤモンド社)を上梓した。

 では、組織能力を高めるためには何が必要か。そこには重要な前提条件と必須条件がある。まず前提条件としては、無形資産を豊富に蓄積しておくこと。無形資産としては、知財や人財、顧客資産や、取引先や販売先などの関係性資産が挙げられる。近年、非財務資産として注目されているものだ。

 設備や金融資産などが、バランスシートに計上されている有形資産であるのに対し、これらの無形資産は会計上では計上されていないものの、組織の内奥に蓄積された目に見えない資産だ。それが財務資産にならなければ、文字通り「非」財務資産のままである。それだけでは、資本市場に価値を生むことはない。しかし、これらの無形資産は、未来の価値創出のカギを握る資産となりうる。