およそ1年後の2020年4月より、原則屋内禁煙を求める「健康増進法の一部を改正する法律案」(改正健康増進法)および東京都受動喫煙防止条例がいよいよ全面施行される。しかし、改正健康増進法も東京都条例もIQOS(アイコス)などの加熱式タバコには例外を設けている。これは、加熱式タバコは紙巻タバコよりも健康被害は少ないという意味なのだろうか?
書籍『「原因と結果」の経済学』や弊社オンライン記事で加熱式タバコと健康被害の関係を解説してきた慶応義塾大学の中室牧子准教授とUCLAの津川友介助教授が、大阪国際がんセンターの田淵貴大氏に加熱式タバコについて詳しく話を聞いた。
「有害物質が少ない」
=「健康被害が少ない」ではない!
中室牧子(以下、中室) そもそも新型タバコとは何でしょうか?
田淵貴大(以下、田淵) これまでずっとタバコといえば、紙巻タバコでした。ところが最近、日本のタバコ市場には新しいタバコ商品が投入され、かつてない大きな変化がタバコ業界に訪れています。新型タバコ、すなわち加熱式タバコと電子タバコの登場です。加熱式タバコと電子タバコをあわせて「新型タバコ」と呼んでいます。
現在、加熱式タバコおよび電子タバコに関する情報は、ほとんどがタバコ会社を情報源としたものとなっていて、客観的な情報がほとんど一般の人たちに届けられていません。
2014年にタバコ会社フィリップモリス社は世界に先駆けて、日本で加熱式タバコであるIQOS(アイコス)の販売を開始しました。日本たばこ産業株式会社(以下JT)およびブリティッシュ・アメリカン・タバコ社は2016年から加熱式タバコであるプルーム・テックおよびグローをそれぞれ販売開始しました。
加熱式タバコは、従来の紙巻タバコのようにタバコの葉に直接火をつけるのではなく、タバコの葉を加熱してニコチンなどを含んだエアロゾルを発生させる方式のタバコです。アイコス及びグローでは、それぞれの専用電子デバイスにより、タバコの葉を含む専用のスティックを240~350℃に加熱し、ニコチンなどを含む気体状のエアロゾルを発生させ、吸引します。一方、プルーム・テックでは、粉末状のタバコの葉を含む専用カプセルに、グリセロールやプロピレングリコールなどを含む溶液を加熱して発生させたエアロゾルを通じて、ニコチンなどをエアロゾル経由で吸引する仕組みとなっています[1]。
津川友介(以下、津川) タバコ会社は、アイコスなどの加熱式タバコには有害物質が少ないといった宣伝をしています。健康被害が少ないイメージを持つ方も多いかと思いますが、実際のところはどうなのでしょうか。
田淵 実は、タバコ会社のパンフレットには有害性物質が少ないと書かれていますが、健康被害が少ないとは書かれていません。
「有害性物質が少ない」ことと「病気になるリスクが低い(健康被害が少ない)」ことは違うことなのです。紙巻タバコに比べて新型タバコでは有害性物質が少ないことは、病気になるリスクが紙巻タバコに比べて低いことを意味するわけではありません。
そこを理解するために少し専門的知識が必要です。我々が専門とする疫学や毒性学の知見からすると、有害物質量と病気になるリスクは比例するわけではないとわかるのですが[2]、世の中の多くの人は、有害物質が90%減ると、病気になるリスクも90%減ると誤解してしまっています。
新型タバコからも有害物質が出ています。加熱式タバコおよび電子タバコから発生するエアロゾルは、単なる水蒸気ではありません。加熱式タバコから出る有害物質の量は、紙巻タバコと比べて、少ない物質とそうでもない物質があり、有害物質の種類は同様に多いのです[3, 4]。アイコスでは、紙巻タバコとほとんど同じようにニコチンが吸収されます。製品による程度の違いはありますが、すべての加熱式タバコにニコチンが含まれています。
私は、客観的で科学的なエビデンスに基づき総合的に判断して、加熱式タバコは吸っている本人に対して、紙巻タバコとほとんど変わらない害があるだろうと予測しました。
人類史上初めて体内に入れる
2つの化学物質
津川 現在の加熱式タバコに関する研究の最前線でわかっていることといないことはどのようなことがあるのでしょうか?
田淵 わかっていることは、加熱式タバコからも明らかに有害性物質が出ていて[4]、大きな健康被害があると考えられるということです。加熱式タバコから出ている有害性物質は、これまでにも研究されてきた紙巻タバコと共通の有害性物質ばかりですから、それらは人体に有害だと分かっています。
そして、わかっていないことは、加熱式タバコを長期間使用した場合の未知のリスクです。これまでの人類史上はじめて、グリセロールやプロピレングリコールといった化学物質を大量に肺の奥まで吸い込むという経験が新型タバコにより始まっています[3, 4]。そのリスクがどの程度あるのか、わかっていません。
中室 東京都の受動喫煙防止条例をどのように評価しておられますか?
田淵 国の健康増進法改正よりも先に東京都がリーダーシップを示し、受動喫煙防止条例を制定したことは、すばらしいことだと評価しています。東京都の条例では、国の法律よりも飲食店などでの全面禁煙の例外が少なく設定されており、各自治体で国の法律よりも上乗せして規制していく流れを作りました。大阪府でも上乗せ条例が決まりました。
ただし、国の法律も東京都の条例も、加熱式タバコについては特別扱いとしてしまっていて、残念です。加熱式タバコも有害性物質を発生させる明らかなタバコですから、タバコはすべて同様に規制してほしかったですね。
津川 タバコをやめたいと思っている人は多いと思うのですが、タバコを止める効果的な方法があれば教えてください。
田淵 現在、タバコをやめたいと考えた人が、加熱式タバコに手を出した結果、結局紙巻タバコもやめられず併用することとなるケースが続出しています。禁煙したいなら、加熱式タバコには手を出さず、タバコをやめてしまうことをお勧めします。
タバコを吸っているほとんどの人は、自分では違うと思っているかもしれませんが、ニコチン依存症になっています[5]。そのため、禁煙は容易ではありません。私はいつもタバコを吸っている方に対して「申し訳ありませんが、私には誰かを禁煙させるような力はありません。タバコの有害性を伝えたら、禁煙してくれるとは考えていません」と謝っています。
ですから、タバコをやめやすくするために、屋内外の禁煙化を進めたり、タバコ価格を値上げしたりして、禁煙しやすい環境を整備することに力を注いでいます。やめたいと思った方には、是非禁煙外来を受診してもらいたいですが、それができない場合でも、何度でも禁煙にチャレンジしてみてほしいです。何歳からでも禁煙できれば、必ずいいことがあります。
中室 欧米諸国では新型タバコがどのように認められているのでしょうか?
田淵 現在、加熱式タバコが流行しているのは日本や韓国だけなのですが、欧米では新型タバコのなかでも電子タバコが流行しています。メモリースティックに似た形をした電子タバコが若者の間で広がり、学校などで隠れて使われるケースが続出し、社会問題となっています[6]。
電子タバコでもホルムアルデヒドなどの発がん性物質が高濃度に検出される場合があり、専門家からの注意喚起がなされています[7]。タバコ価格が1000円以上するなどタバコ対策先進国のイギリスでは、ハームリダクションとして紙巻タバコを止めたい人がニコチン入りの電子タバコへスイッチすることを容認する動きがある[8]一方、アメリカでは若年者における電子タバコの蔓延を問題視し、電子タバコの規制強化が進められようとしています。最近、サンフランシスコでは電子タバコを禁止する提案がなされました。
こういった国際情勢のなか、日本では、電子タバコよりもはるかに有害だと考えられている加熱式タバコが流行しています。
[2] Pechacek T. F., Babb S. How acute and reversible are the cardiovascular risks of secondhand smoke?, BMJ 2004: 328: 980-983.
[3] Uchiyama S., Noguchi M., Takagi N., Hayashida H., Inaba Y., Ogura H. et al. Simple Determination of Gaseous and Particulate Compounds Generated from Heated Tobacco Products, Chem Res Toxicol 2018: 31: 585-593.
[4] Simonavicius E., McNeill A., Shahab L., Brose L. S. Heat-not-burn tobacco products: a systematic literature review, Tob Control 2018.
[5] 萩本 明, 中村 正【喫煙をめぐる諸問題】タバコ依存の個人差、地域差, THE LUNG-perspectives 2010: 18: 19-23.
[6] Barrington-Trimis J. L., Leventhal A. M. Adolescents' Use of "Pod Mod" E-Cigarettes - Urgent Concerns, N Engl J Med 2018: 379: 1099-1102.
[7] Jensen R. P., Luo W., Pankow J. F., Strongin R. M., Peyton D. H. Hidden formaldehyde in e-cigarette aerosols, N Engl J Med 2015: 372: 392-394.
[8] McNeill A., Hajek P. E-cigarettes: an evidence update A report commissioned by Public Health England; 2015.
田淵貴大(たぶち・たかひろ)
医師・医学博士。専門は、公衆衛生学(社会医学)・タバコ対策。1976年生まれ。2001年3月岡山大学医学部卒。血液内科臨床医として勤務したのち、大阪大学大学院にて公衆衛生学を学ぶ(2011年医学博士取得)。2011年4月から大阪国際がんセンターがん対策センター勤務。現在、同がん対策センター疫学統計部の副部長。大阪大学や大阪市立大学の招聘教員。著者としてタバコ問題に関する論文を多数出版。日本公衆衛生学会、日本癌学会など多くの学会で、タバコ対策専門委員会の委員を務める。2016年日本公衆衛生学会奨励賞受賞。2018年後藤喜代子・ポールブルダリ科学賞受賞。現在、主にタバコ対策および健康格差の研究に従事。
中室牧子(なかむろ・まきこ)
慶應義塾大学 総合政策学部 准教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、日本銀行、世界銀行、東北大学を経て現職。コロンビア大学公共政策大学院にてMPA(公共政策学修士号)、コロンビア大学で教育経済学のPh.D.取得。専門は教育経済学。著書にビジネス書大賞2016準大賞を受賞し、発行部数30万部を突破した『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
津川友介(つがわ・ゆうすけ)
UCLA助教授(医療政策学者、医師)。日本で内科医をした後、世界銀行を経て、ハーバード大学で医療政策学のPhDを取得。専門は医療政策学、医療経済学。ブログ「医療政策学×医療経済学」で医療に関するエビデンスを発信している。