家族の反対を押し切り結婚、夫の暴力…
生後2ヵ月の赤ん坊を家に残し故郷を去る

『夜間飛行』書影『夜間飛行』 北迫 薫著 新潮社刊 1728円(税込)

 主人公の増澤裕子は、福岡西部の料亭「富貴楼」の娘に生まれ、父の干支吉や母チセ、兄の武之や嫁の佳子たちと共に過ごした。増澤干支吉は、町民に「大将」あるいは「富貴っつぁん」と呼ばれ、長会議員を何期も続けた今は、議長であり九州全域の議長会の会長もつとめる名士だった。一方、放埓の限りを尽くす父親の姿に増澤家は振り回されるのが常であった。そんな父親の勝気な性格をそのまま受け継ぎ、そこに知性を兼ね備えた娘が裕子である。「この花、好いとう」「なら、とっちゃろたい」。福岡西部の訛りが本書全体で心地よいテンポを生み出している。

 幸せもつかの間で、家族の反対を押し切って園井照夫と結婚し、独立して喫茶店を始めたが、美貌と知性を兼ね備えた裕子に会いに来る常連に業を煮やし、1年も経たないうちに照夫の暴力に苛まれていく。そして、借金返済のため身体を求められたが最後、裕子は生後2週間の赤ん坊を家に残したまま、京都行きの汽車に乗って故郷を去ってしまった。

 行く宛もなく、福岡に帰ることも出来ない。酷い乳腺炎に命を落としそうになりながらも、1日1日を生き延びた。「うちが幸せやらになりませんように。」裕子は、女給として、京都、奈良、大阪を転々としてゆく。そして、いかにして銀座〈姫〉にたどり着いたのか。

〈姫〉は、1956年、女優・作家と様々な顔を持つ山口洋子が19歳で開業した店だ。多くの作家や医者や芸能人、野球選手ら各界の著名人が集い、最高級クラブとして、銀座の街が大衆キャバレーから高級クラブの街に移り変わる先導役を果たした。山口洋子は、当時一流中の一流といわれた〈おそめ〉のママである上羽秀や〈エスポワール〉の川辺るみ子に絶対負けたくなかった。どうしても裕子が必要だった。