試合後の取材エリアとなるミックスゾーンで、大金社長がこんな言葉を発したのは鹿島アントラーズに3-1で快勝した、14日の明治安田生命J1リーグ第7節後だった。本来ならば両チームの選手がメディアに対応する場所に、クラブのトップが姿を現したのにはもちろん理由があった。

 1906年の創刊とスペインで最古の歴史を持つスポーツ紙『エル・ムンド・デポルティーボ』が、久保の去就を報じたのはアントラーズ戦前日の13日だった。来たる6月4日に18歳となり、国際サッカー連盟(FIFA)の規約上では海外移籍が可能となる状況を受けて、かつて下部組織に所属していたFCバルセロナへの復帰が内定したと記事は伝えていた。

「昨日の記事に関しては、クラブとして事実無根とお答えします。例えばバルセロナと何か契約行為があったとか、交渉も現時点ではありません。何も決定していません、ということをお伝えしたいということで、お集まりいただきました」

 同紙はシーズンの開幕を直前に控えた今年2月にも、同じニュアンスの記事を掲載。アントラーズ戦後と同じく、大金社長が即座にメディアへ対応した上で否定している。スペイン発の記事の背景にあるものを読み解くには、まずは久保とバルセロナの関係を振り返っておく必要がある。

10歳でバルサ下部に入団も
規約問題で失意の帰国、FC東京へ

 久保は10歳だった2011年夏に、バルセロナの下部組織の入団テストに合格してスペインへ渡った。しかし、年齢別に分けられたチームを順調に昇格していった矢先の2014年春に、18歳未満の国際間移籍を原則禁止とするFIFAの規約に、トップチームが抵触していたことが発覚する。

 久保自身はまったくあずかり知らない問題ながら、非情にも公式戦出場を禁じられる制裁処分の対象の一人になった。1年が経過しても状況が変わらなかったため、断腸の思いで2015年春に退団・帰国したが、FC東京の下部組織に加入してからも年に一度は古巣を訪問して旧交を温めてきた。

 ここで素朴な疑問が残る。スペインへ渡る前の久保は、川崎フロンターレの下部組織でプレーしていた。13歳で帰国した後は一転してFC東京の下部組織、中学生年代のFC東京U-15むさしの一員になった理由の1つとして、他と一線を画す強化のビジョンが提示された点が挙げられるだろう。