◎充実した翌日を過ごすことが目的、眠ることが目的ではありません

 そもそも不眠への恐れは、「より良い状態で翌日の活動に取り組みたい」という欲求の裏返しです。仕事をうまくやり遂げたい、試験に合格したい、ゴルフで良いプレーをしたいといった願いです。しかし、神経質性不眠の人々は睡眠という1つの条件がいつの間にか目的にすり替わっています。

 仕事や試験、ゴルフにベストコンディションで臨むためには、十分な睡眠を取らなければいけない。かくして眠ることが目的になり、眠ろうと努めれば努めるほど、かえって眠りが遠のいていくのです。こういったことを説明しました。

 患者さんは、実際には5時間程度の睡眠時間がありましたが、2~3時間しか眠れていないと感じており、十分に眠れたという実感が得られていなかったのです。

 ポリグラフなどで、神経質性不眠の患者さんの睡眠時間を調べると、客観的には5時間眠れていても、主観的には2~3時間も眠れていない、というギャップがしばしば見られます。眠れているのに眠れていないという錯誤、これこそが、神経質性不眠が真の不眠ではなく、不眠恐怖が本態であることの証左です。

 薬は味方につけたうえで、眠りは意識して獲得するものではなく、眠りにとらわれた生活から脱却するよう助言し、作用時間が中等度の睡眠薬を処方しました。

◎建設的な行動によって、睡眠は向こうから訪れます

 処方を変更してからも、トイレで目覚めた後は熟眠できないというため、別の睡眠薬に変更したところ、5時間ほどはまとまって睡眠が取れると実感できるようになりました。70歳を過ぎて5時間眠れれば悪くないようにも思えますが、いくらか改善されたという実感はあるものの、本人はまだまだ8時間眠らなければいけない、という考えにとらわれていました。

 これまでよく眠れなかった日は行動を控えていましたが、ある日、遠方から友人たちがホームパーティーにやってくるため、仕方なしに寝不足のまま布団を干したという話を聞きました。

 そこで私は、このように行動を控えずに、必要な行動を取ったことを評価しました。そして日中はどんどん心身を働かせて、活動的な生活を送るよう助言しました。患者さんに、思い通りに眠れなくても十分にやれることを体得してもらいたかったからです。