発売1カ月で8万部を突破する売れ行きを見せている『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』――同書が誕生した背景には、元サッカー日本代表監督・岡田武史氏から聞かされた「夢を語れば無形資産が集まり、それが有形資産を動かす」という言葉があったという。
出版記念イベントでの岡田氏と佐宗氏のトークライブを3回にわたってここに再現する(最終回/全3回 →第1回はこちら。構成:高橋晴美)。
VISION DRIVENが生む「周囲との温度差」
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー。大学院大学至善館准教授/京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニー・クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を起業。バラエティ豊かな企業・組織のイノベーション支援を行っている。著書に『直感と論理をつなぐ思考法――VISION DRIVEN』など。
佐宗邦威(以下、佐宗):岡田さんは、サッカー監督からサッカークラブの経営者へと転身されたわけですが、VISION DRIVENなスタイルの経営者になられて以降の苦労話もお伺いしたいです。
岡田武史(以下、岡田):僕の会社は6人ではじめて、現在、約20名、コーチなど入れると約50名になる。いまでも覚えていることがありますね。
ある日、普通なら2000名来てくれるスタジアムに、雨が降ったせいで900名しか入らなかったことがあったんです。オーナーとしては、雨なのに来てくれた900名は今後、絶対に逃がしたくない。僕は試合終了と同時に出口に走っていき、お客さんたちに、「ありがとうございました!」と頭を下げたんです。でも、そのときほかのスタッフはのんびり歩いてくる。なぜ危機感がないのだろうかと愕然としました。
そこで考えた結果、「そうだ、僕がすべてやってしまうからだ、スタッフに任せなければいけない」という結論に至ったんですね。だから、ほとんどの仕事や判断を社員に任せることにしたんです。それでうまくいけばよかったんだけれど、ダメだった。あるときオフィスに行ったら、床に埃がたまっていて、ゴキブリが走っていた。
佐宗:それはショックですね…。
岡田:僕はすぐに自分でモップを買ってきてオフィスの掃除をし、ゴキブリホイホイも置いた。でも、僕は社員を責める気にはならなかったんです。「うちの社員たちはそんな感性の奴らではない。僕が悪いんだ」って思いました。僕からいきなり全部を任されて、みんな戸惑っていたんだと思います。
そしてみんなの前で話をしました。そもそも僕は、お金儲けをしようと思って会社をはじめたわけじゃないんです。むしろ、会社なんてやらない方がお金は手元に残っていたんじゃないかと思う。とにかく、みんなにハッピーになってほしいと思ってはじめたのに、結果的に、大事な仲間をこんなに追い込んでいる。そのことが悔しくて、苦しくて、耐えられずに涙が出た。僕って、人前で泣いた記憶はほとんどないんですよ。でも、その時は涙が止まらなかった。
そのときはね、本当に辛かった。本当に苦しくて苦しくて、やめようかと思ったくらい。それを乗り越えて、想いを伝えて、「だから、なんとかもう一度はじめよう」と呼び掛けたとき、みんながついてきてくれた。一度は「地下」に落ちて、そして這い上がってくる、という体験は、やっぱり必要なんじゃないかと思う。
佐宗:こういう「温度差」の問題は、VISION DRIVENに物事を動かそうとすればするほど、起きてくる現象だと思います。大きなことを考えれば考えるほど、周囲の人は同じ解像度ではその未来を見ることはできない。そのギャップを埋めようとすれば、非常に疲労が溜まるし、時間もかかる。僕も自身の会社で経験しています。
そのとき、どうしたらいいのか。完全に投げるわけにはいかないし、自分ですべてやってしまうのは正しくない。その葛藤に悩む。実は今もけっこう悩んでいます。だからこそ、岡田さんのお話にはとても勇気づけられました。
FC今治オーナー/デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 特任上級顧問。1956年生まれ。大阪府立天王寺高等学校、早稲田大学でサッカー部に所属。同大学卒業後、古河電気工業に入社しサッカー日本代表に選出。引退後は、クラブサッカーチームコーチを務め、1997年に日本代表監督となり史上初のワールドカップ本選出場を実現。その後、Jリーグでのチーム監督を経て、2007年から再び日本代表監督を務め、10年のワールドカップ南アフリカ大会でチームをベスト16に導く。中国サッカー・スーパーリーグ、杭州緑城の監督を経て、14年11月四国リーグFC今治のオーナーに就任。日本サッカー界の「育成改革」、そして「地方創生」に情熱を注いでいる。
岡田:「どこまで自分でやるか」は、本当につねに悩んでいるよ。僕の立場はあくまでもサッカークラブの会長であり、チームの監督は別にいる。でも試合を見ていると、「なぜそこで、そんな采配をするんだ」ってモヤモヤしてくることがある。それは仕方ないんだよ、経験値が違うからね。
あるとき、チームが4連敗して、やむを得ず僕がベンチに入ったことがあったんです。するとチームは途端に4連勝する。あるゲームでは、前半に先制したにもかかわらず、前半終了間際に追いつかれた。監督は「内容はいいからこのままいく」と言っていたけれど、選手たちの表情を見れば、弱気になっているのが僕にはわかった。だから、僕は「攻撃的な選手を2人入れて、『今日は勝ちに行くぞ!』という意思を示したほうがいい」と指示をしたんです。結果的にその試合も勝利しました。
佐宗:おお、すごい……。たしかにそれを聞くと、岡田さんが監督をやったほうがいいように思えてしまいますね。
岡田:生意気だけど、僕自身のなかにも「俺がやれば…」という気持ちがどこかにある。でも、きっとそれがいけないんですよ。あるとき、ホリエモン(堀江貴文氏)と話していたとき、「まあ、岡田さんが監督をやれば、チームは勝つんでしょうね。でも、岡田さんは監督をやるわけにはいかないんでしょ?」と言われた。
そのとおりだ。できないんだよ、僕は。オーナーであり、監督ではない。それで吹っ切れた。選手たちが、監督じゃなくてオーナーの顔色を伺うようなチーム、いくつもあるでしょう? オーナーが口を出すチームはだめなんだ。
僕が原因だったんです。それにやっと気づけた。だから「うちはこれから勝てる!」って思った。
ビジョンが心を動かし、人を動かす
佐宗:去年、FC今治はJリーグへの昇格を惜しくもぎりぎりのところで逃しましたね。それにもかかわらず、FC今治を応援するスポンサーは増えたそうですね。夢からはじめて、人が動いて、結果的にお金も入ってくる、ということが起きているのはなぜだと思いますか?
岡田:ようやく、ですよ。ようやく、ここまできた。
僕がはじめて今治に行ったときは、みな斜に構えて、まったく受け入れてもらえなかった。何をやってもだめ。車にポスターを貼って走ったり、駅でチラシを配ったり。今治のみなさんも「東京から有名人がやってきたけど、どうせ、ちょちょっとやって帰るだろう」と思っていたんだと思います。
でも、4年目にしてようやく動き始めた。
「今治にスタジアムなんてできるわけがない」と言われていたけれど、本当にスタジアムができた。「観客5000人なんて入るわけがないだろう」と言われていたけれど、5200人が入って満杯になった。
社員から聞いた話だけど、オープニングのときは、ゴール裏で泣いている中年女性がいたそうです。社員が声をかけたら、「3年半前に岡田さんが来たときは、誰も岡田さんの言うことなんて信じてなかった。でも、それが本当に実現した。今治でこんなことができるなんてうれしくて……」とおっしゃていたそうです。
佐宗:岡田さんの「妄想」が具現化し、それが今治の人の心を動かしたわけですね。
岡田:そうやってようやく動き出して、昨年、最終戦でJ昇格を逃したんですよ。当初は社長が挨拶することになっていたんですが、サポーターから罵声が飛ぶのは必至。だから、代わりに僕がグランドに立ち、みなさんに向かって申し訳ないと頭を下げた。僕は罵声を浴びるのには慣れているからね。
ところが、サポーターからあがったのは、「おい、来年は絶対に(Jリーグに)行くぞ!」という声だった。「行けよ!」じゃなくて、「行くぞ!」です。つまり、FC今治のことを「自分事」だと感じてくれている。
スポンサーも撤退するだろうと思っていたけど、「スポンサー料を上げるから、いい選手を獲れ」「スポンサーになる方法を教えてくれ」という声もあった。高額の寄附を持参してくれた女性もいました。自分でも信じられないことです。
ビジョンがあれば周りが動く
佐宗:ピンチはチャンス、ではないですが、困ったときにこそ、周りが動いてくれる、助けてくれる、ということもあるかもしれませんね。
岡田:本当にそう。選手もそうなんですよ。右肩上がりに一直線で上手くなった選手は1人もいません。波を打って、成長していく。
調子を落とすと、選手はみな、同じことを言います。「前と同じことができない」「前はできていたことができない」。
香川真司がオランダ遠征の際に僕の部屋に来て、やはり、同じようなことを言った。僕は「前にも言っただろうと。何ために落ちているんだ? もっと高く飛ぶためだろう。ジャンプするとき、一度、しゃがむだろう。お前はイニエスタのようになりたいと言った。それなのに、過去の自分のプレーを振り返ってどうするんだ。イニエスタのプレーを研究しろ」と。
パフォーマンスが落ちるというのは、次に進むためのチャンスなんです。ところが選手たちは自分のプレーを見る。そうではなく、次の高みを見なければいけない。
その点、本田圭佑選手はすごい。彼は「次」しか見ていませんから。意識の高さと考え方で現在のレベルまでいった選手です。
歴史という教養から考える
藤田(担当編集者。当日はトークライブ司会を担当):ここからは会場のみなさんからの質問にお答えいただきます。
質問者:歴史や文化などの教養・リベラルアーツについてはどうお考えですか?
岡田:歴史は大事だと思っているし、すべてのベースになっていると思います。しかし、今の時代にはロールモデルがない、というのが僕の実感です。先が分からない時代に、歴史から具体的に何かを学ぶというのは、僕は違うと思う。
歴史は繰り返すといいますが、たしかにそうでしょう。すべての物事は螺旋階段のようであり、上から見たら昔に戻っていく。物々交換にはじまり、それが大変だと言って問屋ができ、大量生産がはじまった。ところが今は、メルカリなどを用いた物々交換が盛んになるなど、上からみたら昔に戻っている。でも、横から見ると一段上がっている、というふうにとらえることができます。
基本的な考え方を学ぶという意味で歴史を紐解くのはいいと思いますが、産業革命の前に歴史から工業化が学べたかといえば、おそらく学べない。IT、AIが進展し、シンギュラリティが起こるときは、おそらく、産業革命以上の変化になる。
歴史を学ぶことから「その先」を予測するのは非常に難しく、歴史から直接学ぶというよりは、歴史という教養の中から新しいものを考える、というのが、正しいつき合い方ではないかと思います。
佐宗:僕自身も、ある大学でリベラルアーツとデザインとソーシャルイノベーションをテーマにした講義をしたことがあるのですが、僕の考えも岡田さんに近いですね。まず言えるのは、歴史はアナロジーをするための素材としては有効だけれど、歴史のとおりになるわけではない、ということ。また歴史が無限にあることを思うと、そのあと、どの部分を繰り返すのか、という論点もあります。そう考えると、歴史はこれから何が起きるかを「見立てる」ための素材だというのが、僕の認識です。
もう1つ。リベラルアーツをやると学んだ気になる、というのはよくあるパターンであり、リスクでもあるので、それを避けることが大事だと思います。
『VISION DRIVEN』の終章で「真・善・美」について少しだけ触れましたが、やはり最後に残るのは人間性です。「美学」とか「倫理」とか「哲学」とか、人間にとっての変わらない「本質」はやはりどこかにあるはずで、それをいかに活かすかが、今後、リベラルアーツを使っていくときには大事になると思います。
本は「出会う」、本は「見る」
質問者:お二人は、本をどうやって選んで、いつ読んでいるんでしょうか?
岡田:僕は、何時間もじっとして読むのではなく、移動中や寝る前に読んでいることが多いですね。月に6冊程度、知り合いや出版社から新刊が送られてくるので、それにざっと目を通すし、Amazonで月に5冊前後は買いますね。いずれも面白そうなら読む、という感じです。
本は出会いです。いい本は社員にも薦めます。『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著)は社員全員に配りましたが、全部読んでいる奴は1人もいない(笑)。読みたいと思える本に出会うかどうかであって、強制しても仕方ない。
読んだ本を振り返ると、ここ数年はほとんどが経営関係ですね。自分の会社をどうしたらいいかと悩んでいるから、それを選び、読むのです。僕は読書家ではないですが、面白いと思う本に出合うのは上手いと思う。
教育者で哲学者の森信三さんの言葉に、「人間は出逢うべき人には必ず逢える。一瞬遅からず一瞬早からず」という言葉がありますが、僕は「必要な本には必ず出合う。一瞬遅からず一瞬早からず」と思っています。
僕は「この人に会いたいな」と思っていると必ず会う機会が得られるほうですが、それでもなかなか会いたいのに会えない人もいる。そういうときは、「今は会う必要がない人なのだな。必要なときにきっと会えるだろう」と考え、無理に会おうとはしません。本も同じで、僕にとっては「出会い」です。
佐宗:僕も同じ感覚です。本を読むときは、著者がどんな人で、いつ生きていて、その著作が何冊目で、どんなことを書いているかを確認してから読みます。
本は人生において必然性があるから書いています。言いたいことがある。だから、著者がどんな必要からその本を書いたのかを考えながら読むと、著者が最も言いたいことが鮮明になります。
全部読む必要はないと思います。僕は本を多く読む方だと思いますが、「読む」というよりは、「見る」。目次と図表を見て、「この人に会えたらどんな話をしたいか」をイメージできると、自然と中身が分かります。
いい質問をするために本を読むという感覚があり、この著者と会いたいか、何の話をしたいか、一緒にどんなことができるか。それを探すというか、感じるのが、本とのつき合い方なのかな、と思います。
藤田:大変、興味深いお話でした。岡田さん、佐宗さん、ありがとうございました。
(対談おわり)