鉄道vs航空機の戦いで
勝負を決めたのは「運賃」だった

 青函連絡船の最盛期は1970年代前半で、青森~函館間の輸送人員は年間約500万人に達したが、廃止直前の1985年頃は200万人程度に減少していた。そして現在、開業ブームが去った北海道新幹線の利用者は200万人に届いていない。札幌延伸が実現し、単一路線としては世界最大級の輸送人員と言われる羽田~千歳便の年間利用者900万人の3割を奪うことができれば青函連絡船時代の最盛期に近づくことになるが、果たしてどうなることだろうか。

 国土交通省の実施する「旅客地域流動調査」は、都道府県相互の輸送機関別の人の動きを各種統計資料から算出したものだ。ここから東京~北海道間の鉄道と航空機の流動数を比較すれば、対北海道の輸送量とシェアの推移が大まかにつかめる。

 比較可能な最古のデータである1966年を見ると、東京~北海道の旅客流動は鉄道497万人に対して、航空機441万人と若干鉄道が上回っていた。ところが4年後の1970年は鉄道のシェアは30%まで落ち、1975年に22%、1980年には10%を切っている。

 航空機と鉄道の逆転劇のきっかけは「運賃」だった。

 もともと、航空機の時間的優位性は際立っていた。1961年、羽田~札幌航路にジェット旅客機が投入された。羽田空港を7時15分に出発する便に搭乗すれば、千歳空港に到着するのは8時30分。千歳空港から札幌駅まで1時間かかるとしても、鉄道で同じ時間に到着するためには、前日13時30分発の特急「はつかり」に乗車し青函連絡船と特急「おおぞら」を乗り継いで、ようやく9時25分に札幌駅に到着する計算だ。

 ただし運賃は鉄道の3190円(2等車)に対し、航空機は1万1700円と3倍以上の開きがあった。急行利用であれば2500円以下で収まるため、急ぐ用事でなければ鉄道の長旅を選択する人も多かったというわけだ。

 ところが1966年になると様相が変わってくる。国鉄は経営悪化で値上げを余儀なくされる一方、航空機は往復割引や夜間割引などの設定を始めたのだ。上野~札幌間を特急・1等車・寝台利用した場合の合計は7020円、片や羽田~千歳間は往復割引で1万1200円だった。