ホンダがハイブリッド車(HV)を造れなくなってしまうかもしれない――。ホンダの100%子会社、本田技術研究所の貝塚正明らモーター開発陣に戦慄が走った。
2010年、尖閣諸島をめぐり日中関係が悪化したときのことだ。中国政府が日本への制裁措置として、中国に偏在するレアアース(希土類)の輸出を制限したからだ。
HVなど電動車の駆動モーターには、世界最強の磁力を持つ永久磁石が搭載されている。従来、その磁石にはレアアースの一種である重希土類(ジスプロシウムやテルビウム)の使用が不可欠とされてきた。
永久磁石には高温になると磁力が低下する性質があり、一定の温度を超えるとモーターが働かなくなってしまう。ところが、走行中の駆動モーターともなれば、100度以上の過酷な高温環境で使用されるもの。そこで、ホンダやトヨタ自動車などメーカー各社は、永久磁石に重希土類を数パーセントから10%(重量ベース)添加することで耐熱性を高めて、磁力の低下を抑えてきた。
「11年前半には、重希土類の価格が平時の300倍にまで跳ね上がり、一気に投機リスクが高まった」と、貝塚は当時を振り返る。
300倍とはどのような数字なのか。自動車の開発現場では、車1台当たりのコストが1円上昇しただけで見直しの号令がかかるレベルである。それが、「レアアースの高騰により、1台当たりのコストが1万~2万円上がってもうけが吹き飛ぶ世界」だったから、ホンダの開発現場は大騒ぎになった。
もちろんコスト上昇は悩ましかったが、それ以上に深刻な事態も想定された。仮に中国からレアアースを調達できなければ、主力車のHVを世に送り出せないという最悪のシナリオが、ホンダ開発陣に突き付けられていた。