世界的に多大な影響を与え、数千年に渡って今なお読み継がれている古典的名著たち。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されています。しかし、そのような本はとんでもなく難解で、一冊しっかりと理解するには何年もかかるものもあります。本連載では『読破できない難解な本がわかる本』(富増章成著)から、それらの難解な名著のエッセンスを極めてわかりやすくお伝えしていきます。(イラスト:大野文彰)
問答法とはなんだろう?
紀元前399年のこと、ソクラテスはアテネの法廷で訴えられ、裁判によって処刑されました。これについて記したプラトンの著作『ソクラテスの弁明』は法廷弁論の再現という形をとっている対話篇です。内容は、「最初の弁論」「有罪の宣告後の弁論」「死刑の宣告後の弁論」の3部からなります。
自分に罪はないと主張するソクラテスは、法廷弁論として、デルフォイの神託の出来事について語りました。本書の記述によると、あるとき、ソクラテスの信奉者がデルフォイの神殿で「ソクラテスより賢い者はいない」という神託を受け、ソクラテスはこれに驚くとともに当惑しました。そこで、神託を反駁したい気持ちから智者(ソフィスト)らと問答し、自分より賢い人間を見つけようとしたのでした(問答法)。問答して負ければ、神託を否定できるからです。
ところが、実際に問答してみたところ、智者と呼ばれる人々は、自分の専門分野には詳しいのですが、人間として一番大事なことを知らないということがわかったのです。
そこで、ソクラテスは「自分も何も知ってはいないが、自分が知らないと思っている。ただその点で自分が彼らより賢い」と考えて、神託について納得しました。
こんな問答をすると相手に「無知の自覚」をうながしますから煙たがられます。知らないことをそのまま素直に「知らない」と自覚し「じゃあ何がホントウなの?」と相手に真理を生み出させる(産婆術)のですから、多くの人から憎まれることになったのです。