なお年代別に割合を見てみると、薄毛進行者・薄毛初期症状者の合計は、

20代…45.7%
30代…63.2%
40代…64.6%
50代…70.8%
60代…79.0%

 となった。60代あたりの数字を見ると、なんとなく「たしかにこれくらいなのかな」という気がするが、たとえば30代は実際に63.2%が真の薄毛なのだろうか。20代も半分に届きそうな数字をたたき出しており、やや訝しく、男性の毛髪に関する危機意識と実情の間にかい離があるように見受けられるのである。

「薄毛は他人事ではない」
浮き彫りになる不安、優しさ、罪悪感

「客観的に薄毛ではないが本人は薄毛の自覚症状がある人」を仮に“薄毛錯覚者”と呼ぶこととしよう。彼らはなぜその錯覚を持つに至ったのか。

 筆者自身、胸に手を当てて考えてみると薄毛はまったく他人事ではない。現在は特に薄毛の自覚症状なく、アンケートでいえば「薄毛進行者・薄毛初期症状者」に当てはまらない“薄毛の自覚がない人”に該当する。

 しかし筆者は遺伝的に将来薄毛になる可能性が非常に高く、中学生の頃にこめかみの生え際がかなり鋭く中に切り込んできているのを発見してから「これがいずれ進行する」と思い続け、実際に進行を迎えることなく今に至っている。常に爆弾を抱えているような心境であり、これがいつ暴発するかわからない。

 そもそも現代の日本においては「自身が薄毛になるのは歓迎されるべき事態ではない」とされているのが社会通念だが、実際のところ薄毛であるからといって動物的に何か不利益を被っていると感じる場面はほぼない。髪がなぜ生えるのかといえば、一番の大きな目的として頭部の保護らしいが、頭部が外傷の危険に晒されることが現代日本ではまれである。であるから、薄毛だからといって別にどうということはないはずなのだが、ルックス上の都合、この一点のみで、「自身が薄毛になること」は忌避される対象となり、この考えに多くの成人男性が支配されているのである。

 古くからの知り合いに剛毛の男性がいて、豊かでモジャモジャした髪を揺らして「自分は必ず薄毛になる。もう進行が始まっているかもしれない。不安だ」と常に嘆いていた。筆者も似た心境なので同意すると、「君は大丈夫だと思うが自分は確実に薄毛になる。もうおしまいだ」と大変悲観していた。