さらに生坂先生の場合、経験をものにしようとする姿勢が半端ない。

「去年、帯状疱疹(たいじょうほうしん)になった時には、早い段階で『これは帯状疱疹だ』と分かったのですが、『もうちょっと待ったら実際どうなるのかというのを、経験してもいいかな』と思ってしまったんですね。おかげで想像以上の痛みを経験し、良い勉強になりました。帯状疱疹後の神経の痛みっていうのが言語化できない、言葉にできない痛みなんですよ。『アロディニア』って僕ら言うんですが、わずかな刺激が激痛に認識される感覚異常です。

 押しても痛くないんだけど、ひゅうっとなでられると、ウーッとうなるほど痛い。それまで僕にとって、アロディニアは単なる診断ツールでしかありませんでした。『患者さんに、ひゅうって触ってごらん。アロディニアがあったら神経痛、内臓じゃないね』みたいに若手にやらせたりして。そこに共感はなかったわけです。ところがね、自分でなってみると、地獄なんですよ。なってみないと分からない。経験してみてよかったなと思っていますが、もう二度とごめんですね(笑)」

3つの「誤診」に導かれ
総合診療医になる

 診断推論学に取り組み、総合診療医になったきっかけも、先生自身や家族が見たり経験したりした3つの『誤診被害』だった。

◎その1.アメリカでようやく判明した本当の病名

 生坂先生は学生時代「原因不明」の病気にかかった。

「食事のたびに顎に激痛が生じるようになり、怖くて食べられなくなりました。体重もだいぶ落ちましたね。医療機関をあちこち回りましたが診断がつかない。検査で異常がなかったので学業からのストレスと言われ、実際半年が過ぎた頃、自然と症状が治まってしまいました。

 ところがアメリカ旅行をしている最中に再発しまして、現地で総合診療医的な位置づけにある家庭医を受診したんです。すると、日本ではぜんぜん分からなかった病気を、問診だけで診断してくれたんです。『三叉(さんさ)神経痛』でした。

 三叉神経痛は今でこそ簡単に診断できるようになりましたが、当時の日本では神経を専門としない医師にとっては珍しい病気でした。僕も医学生なので名前だけは知っていましたが、まさか自分がなるとは思いもしなかった。神経内科や脳外科を受診していれば診断がついたのでしょうが、口と顔の症状で神経がやられていたというのは想像すらできませんでした。

 結局アメリカでは、特効薬を処方してもらい、すぐ治りまして。『総合診療医(家庭医)ってすごいな』という思いで帰国しました」