人生を変えた上司からの一言

 そんな時にかけられた言葉が、私の人生を変えた一言となりました。本社のクリスチャンという海外担当役員が来日した際のことです。

「商品が少なくて百貨店には相手にされないし、スタッフも4人だけで日常業務をこなすのに精一杯。おまけに、広告を出すにも予算がないんじゃあ打つ手がない。無理です!」

 ここぞとばかりに不満をぶつけカッカしている私に、まったく動じることなく、クリスチャンは微笑みながら言いました。

「いいかい、タカクラ。商品も、金も、人も潤沢にあったら、君に頼まず経験者を選んでいたよ。制限だらけの条件の中で解決策を見出すことが、君に求められているミッションなんだよ」

 そういうことか!頭をガツンと殴られたような衝撃でした。

 この一言で、私の職業観はガラリと変わったのです。それまで心のどこかに抱いていた、業界の経験者を差し置いて採用されたという優越感は、一瞬にして砕け散りました。

 確かに、何もかも揃っていたら、血気盛んなだけの未経験者に頼むはずはない。あれもないこれもないと文句ばかり言っていたけれど、そんな状況の中で、素人の私だからこそ絞り出せる知恵で勝負しろということなんだ。

 できない理由を探すのではない。

 実行不可能な理想論を掲げるのでもない。

 今与えられている条件の中で、解決策を見つけることが必要なんだ!

 この言葉をもらったおかげで、その後、口紅のキャップに大切な人の名前を彫って、「世界で1つだけのギフト」という付加価値を付けるアイデアを思いつくまで踏ん張ることができました。

 このネーム入り口紅は、女性へのギフト選びに迷っている男性陣の心を掴み、5万本の売上を達成。ブランド名を知らしめるヒット商品となったのです。

特別な才能があったわけではない

 それ以降、私はイヴ・サンローラン・パルファン、シスレー、ウブロなど、いくつかの外資系ブランドの日本法人代表を務めてきました。どこも就任当時は日本での売上が頭打ちか、知名度がほとんどないか、もしくは日本から撤退目前というブランドでした。

 それらをなんとか再生していくことができたのは、クリスチャンが教えてくれた、「手持ちの材料の中で解決策を見出すことが、おまえのミッションだ」
という言葉を、肝に銘じていたからです。

 イヴ・サンローラン・パルファンでは、ファッションブランドのスキンケア商品は売れないというジンクスを打ち破り、シスレーでは、年配のマダム向けだった化粧品を若い女性向けに打ち出すことで売上を伸ばしました。

 またウブロでは、日本では人気も知名度もなかった高級時計を、ビジネスマンを中心にヒットさせることができました。いずれも、限られた条件の中で、知恵を絞って策を見出すことで達成できた結果です。

 私に特別な才能があるかといえば、全然そんなことはありません。むしろ、私はエリートコースの対極を歩んできた人間です。