大川小の前から「三角地帯」を臨む。右側に木が数本残る向こう側が、津波襲来の1分ほどまえに、避難先として目指していた場所と説明されている。(2011年4月5日)
Photo by Yoriko Kato

「すぐそこに山があって、脇に50人乗りのバスが待機していたのに、<たられば>で判断しなきゃいけない教職員たちがね、あれだけの警報が出ているのを知っていて、なぜその時に、誰ひとりとして、山さ逃げっぺ、あるいは、バスさ乗せて釜谷トンネル(すぐ近くの峠)の方に行くか、ということを決断できなかったのか。きちんと分析しなければいけないのは、この部分」(森山市議)

 遺族が一番知りたいことも、「なぜ(地震から津波が来るまでの)50分もの間、校庭から避難しようとしなかったのか?」という直接の理由だ。

 そのために、たった4人、そこにいて生存した子どもたちと、男性教諭の証言が、最も重要な記録となる。

 学校等の関係者、保護者、地域の人たちからの証言も重要だ。もちろん、すでに、市教委作成の聞き取り記録は存在しているが、これほど貴重な証言であるにもかかわらず、<メモの廃棄><音声記録がない>など、記録の正当性を問う問題が、これまでも指摘されている。

 そうはいっても、こういった公文書上の不備や、これまでの教育委員会が取ってきた遺族に対する態度を知らない人には、遺族の懸念が理解されにくいだろうと、森山市議はいう。

「検証委員会の内容や目的と、2000万円という金額を、知らない人が見たら、全く立派な話なんだ。教育委員会の人や学校の先生といった教育者たちが、嘘をいうとか隠すという認識は、みんな持っていないわけだから。だけど、自分たちの都合のいいところだけを抜き書きしたような市教委の文書が、第三者委に資料として出されるのでは、正しい検証にもならないし、そこから見えてくる防災の取り組みや土台作りなんて、全く考えられない」

 しかし、18日の議会での「本当のことを記録に残すということで、ダメなものは直し、足りないものは足す、ということでいかがですか?」という森山市議からの一般質問にも、教育長からの明確な答弁はないままだった。

市教委の怠惰な情報開示、二転三転する内容
今年やっと明らかになった“真実”も

 第三者委設置という提案が、ある程度の認識の一致や信頼関係が生まれた中での話なら、賛同は得られたかもしれない。しかし、説明会で出た意見を、言葉通りに受け止め、遺族の本質的な要望や、残すべき教訓の意味を吟味しないまま、第三者委には、自然科学や工学、医学系の専門家ばかりを想定している。

<私たちは、当該専門的機関の調査によって、教育委員会の不手際等が明らかになることについても厭うものではありません>

 6月16日に遺族有志から手渡された「質問書」の回答期限である19日に、教育長はそう回答した。