そんなクルマを昔と同じような感覚で並べ、新商品やコンセプトモデルを華々しく発表したところで、自動車業界人は関心を持つであろうが、クルマが特段好きという人以外にとっては「ライブで見たいというほどのものでもないか」と思われて終わりになってしまうのは必定というものであろう。

 ならば、心ときめくショーを作れば、顧客を再び集めることができるのか。

 残念ながら、その期待は望み薄である。内外の自動車業界関係者に意見を聞いてみたが、当事者たちがクルマ単体ではなく、クルマと何かを掛け合わせて来場者にモビリティの素晴らしい未来像を示すということに関心を持っておらず、「クルマそのものに興味を持ってもらえないのだからもうやっても無駄だ」と投げ出し気味なのだ。

 2017年の東京モーターショーの会期中、筆者はコンテンツのあまりのひどさに憤慨して、ダイヤモンド・オンラインで「こんなことでいいのか」という内容の記事を書いたことがある(参照記事:『手抜きだらけの東京モーターショー、楽しませる気概はどこへ』)。「やりたくないのならやめればいい」とさえ思ったのだが、その後に何社もの関係者が異口同音に「本音としてはもうやめたい」と言うのを耳にして、2倍脱力した。

モーターショーは
モノで引っ張るだけのワンパターン

 自動車市場の規模が小さい日本の東京モーターショーと衰退の程度は異なるにしても、モノで引っ張るだけのワンパターン、創造性の欠如という点ではフランクフルトやパリのモーターショーも同じだ。

 欧州メーカーの関係者はCASE(コネクティビティ、自動運転、シェアリング、電動化)への対応で大変だと言い訳をするが、そんなことはユーザーには関係ない。

 ショーに足を運ぶかどうかは、ライブとして面白いか面白くないかで決まる。刺激的なものがあふれる今の世の中、単にニューカーやEVやコネクテッドカーを陳列しても興味を引くことは望めない。ならばどうしたらいいか…ということを考える前に、「やっても無駄だ」と見切るというのでは、未来はない。

 この問題の解決を難しくしているのは、観客に鮮烈なライブ感を提供するようなショーにしようというのは、1社ではできないということだ。

 モーターショーから撤退したり、モーターショー出展などもうやめたいと考えているメーカー関係者の話をもう少し詳しく聞くと、面白いことをやろうにも業績不振でそもそも予算がないというところだけでなく、「ウチだけ頑張ってもショー全体がそういう雰囲気でないなら、浮くだけで意味がない」という意見もあった。ごもっともである。