こんな状況を思い浮かべてほしい。ある先進的なベンチャー企業を気に入った役員がいて、あなたはその役員と一緒にその企業を訪ねる。すると、まずはスタイリッシュな社内にびっくりさせられる。ガラス張りで開放感があって明るいオフィス。社員はみな若く、女子も男子もさわやかだ。外国語も飛び交っている。会議室に通されると感じのよい経営者と技術責任者がにこやかに迎えてくれ、会社や技術の説明を受ける。この人たちと一緒に仕事をすれば、将来「何かすごいこと」が起こるかもしれない…と希望が湧いてくる。

 昔のベンチャーと違って、VCからの投資などで、資金的にも余裕がある。経営陣は若いとはいえ、場慣れしており、プレゼンは最高に上手である。そして多くは超高学歴。昔のベンチャーの泥臭さはなく、金儲けをしたいという感じでもなく、社会貢献への強い意志も感じられる。 前向きに「きちんとやってくれそう」である。

 ほどなくして、「うちでもプロジェクトを進めてみよう」といった話になる。なんといっても役員がほれ込んでしまっている。自社の戦略に沿ったものというよりも、まずはこの今をときめくベンチャーとの関係性を構築するため、また相手のやりたいことのためにお金を出すプロジェクトと言うほうが正しいかもしれない。こうなると協業というより、あなたの会社は完全にパトロンである。

ベンチャーとの“違い”が
やがて不快感へ…

 文化人類学では、個人が初めての環境に出くわしたとき、見るもの聞くものが珍しく、すべてを肯定的にとらえることのできる最初の時期を「ハネムーンステージ」という。まさにここでは、あなたの会社は相手ベンチャーとの関係性において、ハネムーンステージにある。しかし、しばらくするとその違いが不快に感じられるようになる。ホスティリティ(敵意を持つ)ステージという段階に突入するのである。

 プレゼンで見せてもらった内容は魅力的だった。しかし、精査してみるとかなり基礎レベルで実用化には程遠く、また万能薬ではないことがわかり始める。自分たちが使いこなすには、商品やサービスを一から開発しなくてはならないことも判明する。もちろん、それをするには、それなりに金も時間も、そして人手もかかる。
 
 たしかに、経営者と一部の幹部は非の打ちどころがないほど素晴らしいが、彼・彼女らは、引く手あまただ。とても忙しく、あなたの会社のプロジェクトへのコミットメントはほとんどない。そして、それ以外の人となると、(素材としてはよいものの) ガクッとレベルが落ちる。しかもおしなべて経験不足であるため、引き出しが少なく、危機管理能力にも欠ける。また、会社としても、繰り返しになるがなにせ引く手あまただから、あまりにたくさんのプロジェクトを進めており、現場は慢性的に人手不足である。プロジェクトの運営能力も開発されておらず、業務を確実に進められるかどうか心配な状況だ。

 困り果てて、上司である役員に人的および資金的なサポートをお願いすると、世の中の興味の移ろいのままに、役員の熱はすでに冷めている。「相手の能力をもっと引き出して、予定通りしっかりやってね」くらいのコメントで終わりである…。