元妻を今なお「奥さん」と呼ぶ
たかしさんの後悔と希望

「あなたには、何度も執行猶予を与えた。労役もさせたのに、反省がない」

 との判決が出て、また刑務所行きとなった。最近になって自分の人生を振り返ることが増えたと、たかしさんは言う。

「奥さん、パートまでやって家計を補ってくれたのに、自分に嫌気がさして、子ども連れて出て行っちゃったんですよ。欲望に負けないで、コツコツやっていれば良かったんです。罰が当たったじゃないけど、大腸がんになって…」

「出所したら更生保護施設に入って、今度こそ残りの人生を、他の人に迷惑をかけないように一歩一歩、歩いていきたい。連絡してもらうように頼んだのですが、こんな父親だから、妻子は会いたいと思わないのでしょう。風の便りに30歳になる娘が結婚したと聞きました。でも、時間がたてば…」

 離婚して約20年。すでに元妻や子どもたちには、新しい生活があるのだろう。しかし、たかしさんの脳裏には、後悔の念とともに、彼らと暮らした日々がよみがえってくるようだ。いまだに元妻を「奥さん」と呼ぶたかしさんの表情には、諦めと希望が相半ばしていた。

 たかしさんは、その後、3週間生きた。だが、ついに元妻、子どもたちとの対面はかなわなかった。実妹が連絡先になっていたが、遺留品も遺骨も引き取りには来なかった。最期をみとったのは、刑務官だった。
 
 だらしない人物だとレッテルを貼るのは簡単だ。しかし、たかしさんは重度のアルコール依存症で、生活保護受給だけでは到底、自立は難しかったのだろう。裁判官が言うような「反省」だけでは更生できず、塀の向こうと娑婆を行ったり来たりする以外に生きる道がなかったのではないだろうか。

 アルコール依存症の場合、支えてくれる家族を失うことが、症状や生活レベルの低下を加速させる。生活保護以外の福祉や医療につながれなかったことが、たかしさんの最大の不幸であり、こうした人たちを支える仕組みに乏しい私たち社会が考えなければならない課題でもある。