三角形の内角の和は、なぜ180度なのか?
「おや、正義くんは、今の話、納得がいかないという顔をしているね」
「あ、いえ、なんか、見ることも触ることもできない世界の話を持ち出して、そこに『あるんだ』と言われても、誰も証明できないというか……」
「たしかにそうだね。その疑念は正しい。物質の世界を超えた霊界があって、そこに幽霊がいるんだと主張しているようなものだからね」
「そのプラトンって人は、見たこともないのに、どうしてそんなものがあると言えたのでしょうか?」
「その論理はこうだ。たとえば、我々は、日常的な世界において完全な善というものを見たことがない。そして、国や風習が違えば善と呼ばれる行為が変わってしまうことも知っている」
「実際、ある国では、仇討ちは善い行為だが、別の国では悪い行為だったりする。つまり、誰もが納得する、万国共通の、絶対的な善の行為を、我々は具体的に指し示すことはできないわけだ」
「しかし、一方で我々は、絶対的な善について他人と語り合うことができる」
「たとえば、『真に、善いとはどういうことか?』と、完璧な善をめぐって議論ができたりする。見たこともない、触れたこともない、人生で一度も出合ったことのない、絶対的な善についてどうして我々は語り合えるのか。それはとても不思議なことで、もしかしたら非日常的な世界のどこかに、絶対的な善が存在し、我々が何らかの形でその影響を受けているからなのかもしれない……、とまあ、そういうロジックだ」
なんだろう。仮定に仮定を重ねた夢物語のような気がする。
「まだ納得がいっていない顔だが、そうだな。では、こういう捉え方はどうだろうか。正
義くんは、三角形の内角の和の定理は知っているかな?」
「えっと、どんな三角形でも、角を全部足すと、必ず180度になるってやつですよね」
「そうだ。さて、正義くんは、その定理……つまり、その法則性は、人間が存在しなくても成立すると思うかな?」
「そりゃあまあ、しますよね。人間がいようといまいと、三角形があったらその定理が必ず成立していると思います」
「とすると、三角形の定理は、地球ができる前からあった。もっと言えば、宇宙ができた瞬間から、すでに存在していた、と言ってよいだろうか?」
「人間がいるいないに関係なく、その定理は元から存在してたわけですから、極端に言えばそうですね」
「ならば聞くが、その三角形の定理自体は、一体どこに存在しているのかな?」
「え? どこに?」