なぜ「なんもしない人」に
依頼が絶えないのか?

 冒頭のツイートどおり、基本的にサービスそのものの報酬はゼロだ。どうやって生活しているのかと尋ねると、貯金を切りくずしているという。いずれの現場でも共通するのは、レンタルなんもしない人が“なんもしない”ことだ。それでもこの1年、依頼が途切れることはほとんどなかった。

「最近は平均で1日2、3件の依頼を引き受けています。依頼はツイッターのDM(ダイレクトメッセージ)経由で、依頼者は比較的若い女性が多い印象ですが、男性も、1人では入りにくいかわいいクレープ屋に行きたいなどのリクエストがあります。好きなアニメのDVDを一緒に見たり、病院のお見舞いに行ったり、試験勉強や片付けに集中するためにただいてほしいとか、離婚届の提出に付き添ったこともあります」

 ひょうひょうとした佇まいで、決しておしゃべりというタイプではない。かといって寡黙というわけでもない。レンタルなんもしない人の“簡単なうけこたえ”は的確で、無駄がなく、ないだ風のように穏やかで心地よい。素顔は35歳の既婚者。1歳になる子どももいる。そもそも彼は、なぜ「なんもしない」を始めたのか。

 レンタルなんもしない人の社会人生活は出版社のライターとして始まった。

「理系の大学院を卒業後、Z会で教材をつくる仕事を3年ほどやっていましたが、人間関係などいろいろなことが重なって退職しました。その後、転職しても飽きっぽいせいでなかなか続かなかった。交渉したり、複数のタスクを同時にこなしたりが苦手で、自分はつくづく仕事に向いてないなと思い、『なんもしない』ことを選択したんです」

 なにもしないことが、自分には一番向いている。そう淡々と語りながらも、彼は自身を俯瞰していた。もちろん多少の話題性が生まれることは計算の上だろう。

 それにしても、まったく知らない赤の他人に、なぜ「なんもしない」を依頼する人が続出するのか。レンタルなんもしない人は、自身の存在価値をどう捉えているのだろうか。

「多くの依頼に共通するのは『確実に敵ではない人がひとりいる』という心強さだと思います。以前、人を癒やすロボットを開発している方から『参考にしたい』と依頼がきて、その方が言うには、たとえばロボットでも自分がうれしいときにうれしい、悲しいときに悲しい反応をするものが隣にいるとストレスが軽減される効果がある、と。僕に求められているもののひとつとして、それに似た感情の共有とか安心感とかが挙げられるかもしれません」