安倍が進めた「官邸主導」
側近は単なる“お友達”ではない

 蛇足ではあるが、田中は小泉政権誕生直後、外相ではなく官房長官か幹事長のポストを小泉首相に要求して、小泉はもちろん、自民党内の老獪な政治家たちをも唖然とさせたというのは、知る人ぞ知る話だ。父は田中角栄元首相(第64、65代)だが、そういう勝気な性格が官僚機構のみならず、党内で味方(政治の世界では味方がパワーをもたらす)を失い、次第に民意を離れさせたような気がしてならない。

 いずれにしても、過去の政官界における方程式では、よい大臣とは、すなわち「よきに計らえ、しかし責任は俺がとる」という昭和スタイルの男気を持つ政治家だった。

 もはや、元号は「令和」。そうした時代がとうに過ぎていることに、安倍は平成の第一次安倍政権の時から気づいていたというのが、田村の見立てだ。

 こうした先進性を持っていたにもかかわらず、第一次安倍政権は失敗した。それは前編でも述べたが、2006年当時の安倍は、首相になるには準備不足だったし、側近たちもまた、力不足だったからだ。

 ただ、現在の安倍政権の行き過ぎた「官邸主導」も、未だ完成形ではない。良い面もあるが、同じくらい悪い面もあるからだ。

 かつて、政策が官僚主導で行われたことは、霞が関に必要以上の権力を与えることにつながった。政治家は、政策には深く関与せず、権力闘争ばかりに明け暮れることになった。そのような政治の姿を官邸主導に変えるために、安倍は、重要ポストは信頼できる政治家に長くやらせることにしたのだろうと、田村は解説する。

「それに麻生さんや菅さんは、決してイエスマンではなく、首相に度々苦言を呈していると聞いています。首相も耳を傾けているそうですから、忠告をしてくれる側近を要職に置いているということ。彼らは、単なる“お友達”と揶揄されていますが、安倍首相が冷遇されていた時に、根気よく支えた人たちでもある。だから、忠告もできるのです」