筆者はその現場をしばらく眺めていたが、数秒に1枚のペースで次々とポスターがデモ参加者の手によって取られ、だいたい3人に1人が募金箱に寄付をしていた。その金額は10ドル(約140円)、50ドル、100ドル、300ドル、500ドルとさまざまであったが、少なくとも感じられたことは、多数の香港市民が香港政府とそれを率いる林鄭月娥行政長官に不満を持っており(言うまでもなく、根底にあるのは共産党一党支配下にある社会主義中国への不信と、それにのみ込まれることへの不安)、自発的に抗議デモに参加していたことだ。

 そして、この日のデモに参加した約170万人の香港市民(主催者「民間人権陣線」統計)が、「香港政府は五大訴求に対して何らかの答えを提示しなければならない」という同じ思いを抱き、同じ方向を向いていたことである。

 午後3時頃、突然強烈な雨が降り注ぎ、抗議者たちを襲った。しかしながら、人々はそれにひるむことなく、「雨傘」を持ってそこに立ち続けた。そこに存在したのは紛れもなく「民意」であった。彼らにとって、この日のデモが香港政府によって許可されなかったという事実はもはやどうでもよかったように、筆者には映った。

「厳格に言えば、このデモは法律に違反している。私は違法デモに参加していることになる。でも、許可うんぬん以上に大切なことがある。それは私たちの香港を守ることだ。これ以上に大切なことなど、私の人生にはない」

 5年後に定年退職を控える金融マンがデモ現場で筆者にこう語った。

 主催者が「8・18」デモを呼びかけ、賛同者が現場に足を運ぶ過程でキーワードになっていたのが、「和理非」の3文字である。「平和的、理性的、非暴力的」に自分たちの欲求を主張することを呼びかけるものだと解釈できる。

 裏を返せばこの期間、一部抗議者が議会や香港国際空港を占拠したり(筆者自身は抗議者の香港国際空港占拠、およびそれに対する謝罪声明が1つのターニングポイント、今後の情勢を左右しうる重要な要素になるものとみている)、地下鉄や道路の正常な運行を妨害したり、“武器”を持って警察と衝突し、その過程で、あるいは結果的に香港市民と香港警察が“武力衝突”するような局面が繰り返されることは、香港市民が訴えてきた「五大訴求」を達成するのに不利に働くという「民意」を体現している。

香港情勢を現地報告、新スローガン「和理非」は打開の糸口となるかPhoto by Y.K.

 と同時に、暴力を行使し、衝突を扇動し、香港社会の正常な運営を妨げ、香港の国際金融センターとしての信用や地位を脅かすような行為は、本来味方につけるべき大多数の香港市民と国際世論すら「敵」に回してしまうリスクを伴う。それでは、香港を代表する実業家・李嘉誠が香港紙に広告として投稿したように、「最好的因可成最壊的因果」(最高の動機が最悪の結果をもたらしてしまう)という可能性も否定できない。

 だから、なにはともあれ、暴力、そして暴力的になるのはいけない。「和理非」で自分たちの欲求を、そして自分たちの故郷である香港を愛し、守っていこう。それこそが、この2ヵ月間の各種デモ集会・行進や“武力衝突”を経て、香港社会が現時点でたどり着いた“妥協点”、あるいは“均衡点”なのではないかと筆者は捉えている。