「誤った情報でも、広まってしまえば真理に近くなります。それを正すことは容易ではありません。よほどインパクトのあるものでないと──」

 森嶋は時計を見た。すでに午後9時を回っている。

「ダラスさん、是非あなたに見せたいものがある。ご一緒願えませんか」

「申し訳ないが、私は明日の準備があります。あなたが思っているように、重大な発表がある」

「時間は取らせません。あなたにも必ず利益となるはずです」

 森嶋さん、とダラスは森嶋を見据えた。

「明日の発表は、あなたの国ばかりでなく世界にとっても重大なものとなります。私にはその準備があると言っているのです」

 ダラスの顔には強い拒絶の意志が込められている。

「ちょっと待ってください」

 今まで2人の横に座り、黙って話を聞いていた理沙が身を乗り出してきた。

「森嶋氏はまだ若いが能力のある官僚です。いずれは日本の中枢を担う人です。その彼がこれほど頼んでいるのです」

 ダラスは理沙に視線を向けた。東京経済新聞は知っているはずだ。

「1時間以内に戻ってくることは出来ますか」

「十分な時間です」

 森嶋はウソを言った。しかし、その10倍の時間がかかろうともダラスは後悔しないはずだ。

 森嶋は携帯電話を出してボタンを押した。留守番電話になっている。

「まだ、事務所にいるんだろ。いなければ、至急帰ってくれ」

 伝言を入れて切ろうとしたとき、声が返ってきた。

〈何なのよ、突然。いるに決まってるでしょ。まだ宵の口よ〉

「これから行く」

 森嶋は手短に事情を説明した。

 了解という言葉が帰ってくる。

 森嶋は、ダラスを促して立ち上がった。驚くダラスにかまわず、彼の腕を軽くつかんでホテルの出口に向かって歩みを速めた。

「ねえ、どこに行くのよ」

 理沙が小声で問いかけてくる。

「理沙さんにとっても損はないところです」

 森嶋はホテル前に停まっていたタクシーに、ダラスを押し込むように乗せながら言った。

 森嶋と理沙、そしてダラスを乗せたタクシーは走り出した。

 車に乗ってから、森嶋はもう一度、携帯電話のボタンを押した。

 車窓には夜の東京が流れていく。森嶋と理沙の間には、不安そうな表情のダラスの姿がある。

(つづく)

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