早朝、森嶋は優美子からの電話で起こされた。テレビをつけると、「巨大地震迫る」という書き込みが広がっているとニュースで騒いでいる。その内容は、「1週間以内にほぼ100パーセントの確率で、首都圏をマグニチュード9レベルの巨大地震が襲う」というものだ。
オフィスに行くと、書き込みについての話題で持ちきりだった。日経平均と円は下がり、都銀と郵便局の前には預貯金を引き出そうとする人々の長い行列ができていた。
そんなとき森嶋の携帯に電話が。電話にでると高脇の声が聞こえてきた。高脇は「巨大地震が起こるという情報の出所は自分ではない」と言って一方的に電話を切った。
森嶋は何らかの手がかりを得ようと理沙に電話をする。理沙は、ロバートなら何か知っているはずだとアドバイスする。しかしロバートとは連絡がつかない。
その頃、総理執務室の大型テレビには、ニュース番組が映し出されていた。このパニックを収めるためにはどうすればいいか。官房長官に相談すると「直接、国民に呼びかけてはいかがです」という答えが返ってきた。その時、総理の頭に一つの考えが浮かんだ。高脇の実験結果を公表するという案だ。それは、「今後5年以内にマグニチュード8クラスの地震が、ほぼ95パーセントの確率で首都圏に起こる」というものだった。すると、またしても新たなサイバー攻撃が始まったという知らせが入った。
森嶋は、現在の状況を正確に把握するため強引に理沙に面会を求めた。理沙は、銀行や証券会社、機関投資家、個人の資産家をターゲットにした新たなサイバー攻撃があった事実を告げる。さらに理沙は意外なことを口にする。それは地震活動で、ほぼ100パーセントの確率で富士山の噴火が誘発されるという内容だった。そして明日にはインターナショナル・リンクの記者会見があるという。インターナショナル・リンクは、すべての状況を考慮したうえでまた評価を下げるのではないか。日本崩壊は秒読みに入ったというのが理沙の見立てだった――。
第3章
22
「レミングは一定の数になると、あるとき突然群れで移動を始めるの。何万、何十万という大群を作ってね」
理沙は森嶋を見つめて言った。
「彼らの移動した後はすべての穀物、すべての植物、すべての生き物が食い尽される。そして、彼らは真っすぐに大地を突き進み、いずれ海に行き着く。そしてレミングの大群は次々に海に入り沖を目指して泳ぎ出すの。やがて海はレミングによって埋め尽くされる。しかし彼らは泳ぎ続け、いずれは力尽き溺れてしまう。海はレミングの死体で真っ黒に埋め尽くされるの。まさに集団自殺ね」
「聞いたことがあります。その死に向かって突き進むレミングの集団が日本人というわけですか」
「想像に任せるわ」
でもね、と言って理沙は森嶋の反応をうかがうようにニヤリと笑った。
「レミングは、本当は集団自殺なんてしないの。それって、誰かが言ったウソが広まっただけ」
「今回のように──」
「そうでしょうね。レミングっていうのは泳ぎがうまいの。海に飛び込んだくらいでは死なないのよ」
しかし、いくら泳ぎがうまくても限りなく泳ぎ続けることはできない。森嶋は海を埋め尽くし、行き着く陸のない沖に向かって泳ぎ始めるレミングの大群を思った。
「明日のインターナショナル・リンクの記者会見で、レミングは海に向かって泳ぎ出すわ」
理沙はかつてない真剣な表情で森嶋を見つめた。