魚屋ならではの
「目利き力」を最大限に発揮

 創業者で現社長の栁下浩三(やぎした・こうぞう)氏が、スーパーの影響で取引先がダメージを受けていくようでは「卸ではどうにもならん」と考えていた時に、新潟県にできた大手スーパーの店頭で鮮魚売り場を見ていたら、設定されている価格にビックリ。

「こんな高い値段で売っているのか。これなら半値で売れば(消費者に)買ってもらえるのではないか」と考え、小売事業である魚屋を始めた。

 つまり、スーパーでは魚の売れ残りロスを考慮して、あらかじめ高い価格設定をしていたとみられるが、角上魚類の栁下社長は、元来、鮮魚の卸商である。

 魚の目利きと、仕入れには自信がある。若いバイヤーが買い付けるスーパーとは対象的に、魚で蓄積した経験にものをいわせた仕入れで低価格販売を実現していった。1つ目のスーパーの逆張りは「目利き力」を最大限に発揮したことである。

 寺泊は元々海水浴客は来ていたが、シーズンが終わると人影はまばら、地方の港町の姿に戻った。しかし、角上魚類が魚屋を始めてしばらくすると、一度買っていった客が友人、知人に伝えるという循環が生まれ、口コミで来店客が増えていった。

 栁下社長は当時のことをこう語る。「商売は必ず天辺がある。今年はまだ大丈夫か、来年はまだ大丈夫か」と考えているうちに、駐車場に止めてある自動車のナンバーを見ると新潟市内はもとより、群馬、さらに関東地域のナンバープレートを付けた自動車が停まるようになっていたという。

 1971年、関越自動車道が開通したからだった。関東から新潟は近くなった。逆にいうと新潟からも関東が近くなった。関越道というインフラを活用しない手はない。「ならばこちらから、関東に出ていけばいい」。