反日デモに訪日爆買い…
閑古鳥が鳴いた上海高島屋

 内情に詳しい日本人弁護士によると、「景気の悪化により、貸主である上海政府系企業が次のテナントを見つけられず、土壇場で高島屋を引き留めた形になったようだ」という。

 一昔前なら、物件オーナーは賃借人を選びたい放題だったが、あまりの景気の悪さに誰も挙手しなかった内幕が透けて見える。営業継続と言えば前向きなイメージを与えるが、逆に言えば、誰も引かない「札」を上海高島屋がまたしても引いてしまったことを意味する。

 上海高島屋が出店したのは、上海の西、虹橋空港にも近い古北新区だ。上海マーチャンダイジング協会主宰の北岡峰幸氏は「陸の孤島といわれたこのエリアは、中心部の繁華街から離れ、生活用品以外の商売には不向きな土地」と、そもそもの立地選定に首をかしげる。当時は上海市でも各区が商業施設の新規開業を競い合う最中にあり、メンツをかけた同市長寧区の誘致合戦に、高島屋が巻き込まれた可能性がある。

 上海高島屋の7年半を振り返れば、短いながらもその歴史は波乱に富んでいた。船出は2012年12月だが、その3ヶ月前に反日デモの嵐が吹き荒れた。地下1階から7階まで、フロアは衣料品から家庭用品、食料品とフルラインで展開するが、品揃えの多くは日本ブランドが占める。そんな同店が受けた打撃は計り知れず、反日デモの後遺症が数年にわたって続く中、「派手な宣伝もできず、思うようにお客さんを呼び込めないようでした」(前出の平川さん)

 翌2013年は中国でモバイル文化が爆発的に花開いた年だ。その後、上海ではネット販売が瞬く間に普及し、消費は急速に実店舗から離れていった。多くの上海市民はネットでの買い物にやみつきになり、実店舗の経営はどこであれ苦しいものになった。また、ビザ緩和とともに訪日旅行が身近になり、上海高島屋が期待した購買力ある富裕層は、むしろ訪日旅行での買い物を楽しんだ。「日本の価格の倍もする商品には手を出さない」のは、周辺に住む日本人居住者も同じだった。

 上海高島屋の近隣に住む人々は、「飲食テナントが入る地下フロアを除けば、売り場はいつ行ってもお客がほとんどいない状態だった」と異口同音に語る。