『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』佐宗邦威氏の対談シリーズも、ついに第10弾となる。今回の対談パートナーは、アーティストの熟達過程や創作活動における認知プロセスなどを専門的に研究している東京大学大学院の岡田猛教授だ。
カイゼンや戦略がとかく重視されがちなビジネスの世界に、個人の内発的な「妄想」をベースにした思考アプローチを持ち込む佐宗氏だが、こうした思考法のモデルになっているのは、ほかでもなく「アーティスト」のそれである。VUCAと言われる変化の時代に、われわれがアーティストに学べることとは? 両氏の対談を全3回にわたってお届けする(構成:高関進 第2回)。

最初から「差別化・らしさ」を追い求めなくてもいい

インサイドボックス×アウトサイドボックス

佐宗邦威(以下、佐宗) 岡田先生はアーティストの学習過程などを研究されているそうですが、アーティストがまったく新しいアート作品を創造していくためのノウハウってそもそもあるのでしょうか?

最初から「差別化・らしさ」を追い求めなくてもいい岡田 猛(おかだ・たけし)
東京大学大学院 教育学研究科 教授(学際情報学府兼担)
カーネギーメロン大学大学院博士課程修了(Ph.D. in Psychology)。ピッツバーグ大学学習開発研究センター博士研究員、名古屋大学大学院 発達科学研究科 助教授、東京大学大学院 教育学研究科 准教授を経て、2007年より現職。創造的認知プロセス、とくに芸術創作の場において、アイデアが生まれ、形になっていくプロセスや、その教育的支援について研究を進めている。編著に『触発するミュージアム――文化的公共空間の新しい可能性を求めて』(あいり出版)など。

岡田猛(以下、岡田) たとえば無から有、ゼロからイチといっても、何かしらソースはあるんです。誰でもそのソースの影響を受けますから、その意識に上がらないくらい強い思い込みが活性化しないために、何をすべきかが肝心です。

やはり問題になるのは、先入観(思い込み)です。たとえば、日本の子どもたちは太陽を赤で描き、アメリカの子どもたちは太陽を黄色で描きますが、日本人は日の丸などの文化的な影響もあって、たいていは赤で太陽を表現しますよね。ここから逃れるためには、自分の概念を再構築しなければなりません。たとえば印象派などは、光を表現するテクニックそのものを再構築しましたよね。彼らの再構築は、単に絵画の方法を変えただけでなく、アートの概念そのものも変えてしまったわけですが。

佐宗 アーティストの方たちというようのは、そうした思い込みや記憶が発動しないようにするために、どんなことを行っているんでしょう?

岡田 類推(アナロジー)や比喩(メタファー)、アイデアの組み合わせ(コンビネーション)など、以前から言われているような発想の技術というものはたしかに存在します。それ以外の観点で言えば、新しい表現を生み出すには、「インサイドボックス」と「アウトサイドボックス」の2つをどう組み合わせていくかが大事になると思いますね。

1つは、「アウトサイドボックス」、つまり、外側と出会うことです。自分の箱の「中」だけに留まっていては、どうしても限界があります。考えたことがないようなものと外で出会うことで、いろんなインスピレーションが湧いてくることがあります。

佐宗 これは発想の広げ方としても、比較的よく耳にする方法ですね。

岡田 もう一つは、「インサイドボックス」です。自分の箱の「外」との出会いも大切ですが、箱の「中」のレパートリーをベースにして変えていくこともやはり必要です。

たとえば描くプロセスに変化を加えてもいいんです。普通に描いても面白くないなら、筆を変えてもいいし、紙を変えてもいい。上から描いても下から描いてもいい。電動マッサージ器を使って手を震えさせながら絵を描いてもいいわけです。

プロセスを変更することによって知覚も変わってきますし、知覚が変われば発想も変わってくる。単に頭の中で組み合わせを考えるだけではなく、行為を変えるということがまず1つあります。