佐宗 『直感と論理をつなぐ思考法』を読んだ方の感想を見ていると、「本を読んだあとにすぐノートやスケッチブックを買いました!」という人がけっこういらっしゃるんです。実際、アートをやっている人というのは、道具の選定にものすごく時間を使いますよね。

ビジネスパーソンでも道具に凝る人は少なからずいますが、そうではない人が圧倒的で、ノートやペンを選ばなくなっています。でも実は、道具を変えるだけで自分の認知やアウトプットに変化をもたらすことができる。

創作過程が異なる、若手とエキスパート

岡田 以前、若手と年配のアーティストの「創作ビジョン」やその変遷プロセスについて研究をしたことがあります。創作ビジョンというのは、アーティストの長期的な創作活動全体を総括する中核的な創作意図のことで、一貫性のある創作をしていくためのフレームワークとして機能するようなものです。その下に個々のアート・コンセプトがあります。

最初から「差別化・らしさ」を追い求めなくてもいい佐宗邦威(さそう・くにたけ)
BIOTOPE代表。戦略デザイナー。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授
大学院大学至善館准教授東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修了。P&G、ソニーなどを経て、共創型イノベーションファーム・BIOTOPEを起業。著書にベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)など。

たいていの場合、若手のアーティストというのは、自身の創作ビジョンを明確化できていません。創作の方法も対象どんどんランダムに変えていきますが、気づかないうちに、意外と一つのコンセプトのもとでそれを掘り下げているだけだったりする。

他方、アーティストが熟達していく過程で、創作ビジョンは明確に意識されるようになっていきます。そうなると、今度は創作のコンセプトを意識的に変えていこうとして、さまざまなアプローチを試すようになる。ただ、コンセプトを変えてもやはり根本的な創作ビジョンには基づいているので、そのアーティストなりの世界観は維持されていくわけですが。

若手アーティストは「私の作品はこの人とここが違う!」と一生懸命になって主張するわけですが、側から見るとそれはちょっとした違いだったりする(笑)。

佐宗 その点については、岡田先生の論文でも学ばせていただきました。アーティストの熟達過程においては、最初のフェーズでは「他者」があり、他の人の作品から学んだり、逆に、そこからの差別化を意識したりする段階がある。

その次に、いよいよそのアーティストらしさを確立する「自己」のフェーズが来るけれども、最終的には自己と他者とを融合させるような「調和」の段階に行き着くと。「他人との関係性」とか「自我」とかにとらわれない境地を獲得するという意味では、まさに「守破離」の世界の話ですよね。

岡田 アーティストが創作ビジョンを明確化させていくプロセスというのは、もちろん全体としての傾向の話ですので、世代とか性別とかによって多少の違いはありますね。たとえば、若い女性のアーティストはいきなり「自分」を探すフェーズからはじまったりします。しかし、最初から創作ビジョンが見えているというケースはほとんどなくて、やはりどこかのタイミングで徐々にビジョンが出来上がっていくという点では共通しています。

最初から「差別化・らしさ」を追い求めなくてもいい

若いときに「自分」が
見つからないのは当たり前

佐宗 たしかにビジネスの世界であっても、いわゆる「ビジョン」がいきなり見えている人というのはほとんどいないと思いますね。世の中でさまざまなことを試していくなかで、自分なりのスタイルだとか実現したいことだとかが、だんだん見えてくるようになる。そういうなかで、ふっとビジョンが降ってくる。先生の研究だと、創作ビジョンが明確化するまでには10年以上はかかるのだとか?