唐の首都であった長安は、帝国の都として隆盛を極めていた。活発で大規模な経済活動には1つの市だけでは間に合わず、東市と西市2つの市を宮城の両側に配して対応するように変わった。

 東市は道路の両側の店に、食べ物、飲み物、衣服、雑貨など、ありとあらゆる商品が並べられている。小さな出店から、問屋を兼ねた大きな店まであった。

 一方西市は、国際貿易都市・長安のシンボルだった。西方諸国から輸入してきた珍しい品物がここに集まり、盛り場に並んだ旅館や酒楼の中では、美しい胡姫(イラン系の女子)がコハク色の葡萄酒をあやしく光るガラスの杯に並々と注ぐといった光景が、あちこちに見られたという。

 この西市があったところに、いまやホテルや博物館などの施設も含む大唐西市という名の商業施設群がつくられた。そこを訪問した私と同行した日本企業関係者はすぐに気に入り、年内にもそこで写真展を開こうと決めた。

 地元の行政機関である蓮湖区のトップをはじめ、政府関係者と大唐西市を経営する企業関係者も最大限協力すると約束してくれた。そのための作業チームもその場で立ち上げた。

北京や上海に負けない
グローバルな雰囲気

 長い間、お堀の水が氾濫するときの溜まり場として利用されてきた老城根は、今や地元の若い生活者のメッカとして異彩を放っている。地元の美意識と消費水準を理解する上では、非常に重要なポイントだと認識を改めることができた。

 こうして目まぐるしく変身してきた西安は、いまやニューシルクロード経済圏の国々を束ねる役割も果たしている。同市は現在、29ヵ国34の都市と姉妹都市関係を結び、37ヵ国68の都市とは友好交流関係を保つまでになっている。

 第7回シルクロード経済帯都市円卓会議の会場に身を置くと、北京や上海の国際会議場に負けないほどのグローバル的雰囲気に、軽いめまいすら感じた。西安はこれから、定点観察を続ける必要がある都市だとはっきりと認識した。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)