世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。
その出口学長が、3年をかけて書き上げた大著が、なんと大手書店のベストセラーとなり、話題となっている。BC1000年前後に生まれた世界最古の宗教家・ゾロアスター、BC624年頃に生まれた世界最古の哲学者・タレスから現代のレヴィ=ストロースまで、哲学者・宗教家の肖像100点以上を用いて、世界史を背骨に、日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説した本だ。なぜ、今、哲学だけではなく、宗教を同時に学ぶ必要があるのか?
脳研究者で東京大学教授の池谷裕二氏が絶賛、小説家の宮部みゆき氏が推薦、某有名書店員が激賞する『哲学と宗教全史』が、発売後たちまち第4刷となり、「日経新聞」にも大きく掲載された。
9月7日土曜14時、東京・八重洲ブックセンターに約80名が集結。満員御礼で行われた出版記念講演会の8回目を特別にお送りしよう。

【出口治明】<br />出口学長、<br />ヘーゲルの哲学を<br />わかりやすく教えてください。Photo: Adobe Stock

ヘーゲルと家族的な情愛

【出口治明】<br />出口学長、<br />ヘーゲルの哲学を<br />わかりやすく教えてください。出口治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県美杉村生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険相互会社入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年4月、生命保険業免許取得に伴いライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年、上場。社長、会長を10年務めた後、2018年より現職。訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊超。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。おもな著書に『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『仕事に効く教養としての「世界史」I・II』(祥伝社)、『全世界史(上)(下)』『「働き方」の教科書』(以上、新潮社)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『人類5000年史I・II』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇、中世篇』(文藝春秋)など多数。

 前回触れた「国民国家」については、実は、ヘーゲルが理論的な考察を行っています。

 ヘーゲルは「正反合」で考えます。

 すべての有限なるもの、永遠不変でない存在は、その内部に相容れない矛盾を抱えている。この矛盾はテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)によって構成される。
 矛盾は静止したままでは止まらず、対立し運動を起こして、その存在はテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)を綜合した新たな段階の存在となる。
 この新たな存在をジンテーゼ(正反合)と呼ぶ。
 そしてこの新たな段階の存在もまた、新しいテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)を内包している、という理論です。

 対立するものは、必ず上の段階で止揚(アウフヘーベン)される。
 ヘーゲルは当初、フランス革命やナポレオンに敬愛の念を持っていました。
 つまり、歴史を前に進めたという「進歩史観」に惹かれていたのです。

 ところが、ナポレオンが皇帝となり、フランス革命で国民同士が殺し合っているのを見て、市民の権利を守ったフランス革命は評価するものの、理性(思考)で考えた「自由・平等・友愛」という理念や権利も大切だが、人間社会にはそういった権利とは離れた家族的な情愛の関係も必要だと、ヘーゲルは考えるようになったのです。

 簡単に言えば、人間の社会には、権利や義務がきちんと法律に書かれた市民社会と、おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、家族で仲よくすごしている、法律には何も書かれていない共同体の社会がある。それが対立していると考えたのです。

 でも、ヘーゲルの中では、対立しているものはすべて上の段階に上がって統合され、止揚していかないといけない。

 何によって、市民社会と家族社会が統合されるのかといえば、ヘーゲルは、プロイセンという国家によって統合されるのだという。一見きれいな話ですけれど、論理的にはかなり無理のある理屈をつくり出したのです。

 だから市民の権利関係も、家族の友愛関係も、プロイセンという理想国家できちんと統合されている。

 でも、なぜ、ヘーゲルの中に、プロイセン国家という意識が生まれたかといえば、ナポレオンがプロイセンに攻め入ってきた。だが、ナポレオンは単に領土がほしいといってヨーロッパ中に攻めていったわけではない。ヨーロッパ中の王様がフランスを潰しにかかってきたので、「自由・平等・友愛」という理念をヨーロッパ中に広めるのだと戦った。
 ナポレオンは、市民を苦しめている王様の圧政からヨーロッパの人たちを解放するという理屈でヨーロッパ中に攻めていったのです。
 
 プロイセンはナポレオンと戦って完敗し、国土を半分にされますが、ナポレオンによって呼び覚まされた国民国家(ネーション・ステート)の菌がプロイセンに蔓延したのです。