世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。
その出口学長が、3年をかけて書き上げた大著がついに8月8日にリリースされた。聞けば、BC1000年前後に生まれた世界最古の宗教家・ゾロアスター、BC624年頃に生まれた世界最古の哲学者・タレスから現代のレヴィ=ストロースまで、哲学者・宗教家の肖像100点以上を用いて、世界史を背骨に、日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説したとか。
なぜ、今、哲学だけではなく、宗教を同時に学ぶ必要があるのか?
脳研究者で東京大学教授の池谷裕二氏が絶賛、小説家の宮部みゆき氏が推薦、原稿を読んだ某有名書店員が激賞する『哲学と宗教全史』。発売直後に大きな重版が決まった出口治明氏を直撃した。(構成・藤吉豊)
ヘーゲルの弁証法をどのように理解すればいいか
――19世紀のヨーロッパでは、ヘーゲルを超えることが哲学者たちの目標だったそうですね。ヘーゲルとは、どのような人物だったのですか?
出口:ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(1770-1831)は、カントより半世紀ほど後に、ドイツのシュトゥットガルトで生まれた哲学者です。
ヘーゲルは弁証法を駆使して壮大な学問的体系を築きあげ、当時のプロイセンやヨーロッパ全体に影響を及ぼしました。ヘーゲルといえば「弁証法」といわれています。弁証法という哲学用語自体は、すでに古代ギリシャで登場しています。
たとえば、ソクラテスのように、「ある人の主張に対して、質問を投げかけながら問答を続け、その主張に内在する誤りに気づかせる。そうしながら正解に導くこと手法」のことを弁証法と呼びます。
――ヘーゲルの弁証法は違うのですか?
出口:ヘーゲル以降の弁証法の基本論理の概略は、こうです。
「すべての有限なるもの、永遠不変でない存在は、その内部に相容れない矛盾を抱えている。この矛盾はテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)によって構成される。矛盾は静止したままでは止まらず、対立し運動を起こして、その存在はテーゼとアンチテーゼを綜合した新たな段階の存在となる。この新たな存在をジンテーゼ(正反合)と呼ぶ。そしてこの新たな段階の存在もまた、新しいテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)を内包している」
ヘーゲルは弁証法の理論を展開して、その新たな段階に達することを「止揚(しよう)」と呼びました。止揚はドイツ語のアウフヘーベンの和訳です。
――テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼ、アウフヘーベン……? どういうことですか?
出口:要するに、矛盾や対立する2つの事柄を二者択一ではなく統合して、高い次元の結論に結びつけて解決しようとする思考法です。次のように考えてみてください。
「ある問題について、Aという人とBという人がいる。2人はあるオフィスの1階で議論していた。どうも議論が嚙み合わない。2人は2階に行って改めて議論した。すると両者は理解し合うことができた。その代わり、新たにCという問題が出現した。そこで2人の論争は継続され、3階に移った。するとCは解決され、より高度なDという問題が出現した。2人は4階に行き……」
ヘーゲルの弁証法はダイナミックでおもしろいのですが、どうしてテーゼとアンチテーゼが一緒になれるのか、もう一つ納得できないという批判があります。しかもアウフヘーベンされて、一段上がって進歩するというのも、わかったようでわからない。議論の次元を変えてしまうのですから、対立が変化するのは当たり前のようにも思えます。
ともかく、このように理論的なあいまいさは残るのですが、ヘーゲルの弁証法は「ものごとは進歩する」という前提に立っています。明日は今日よりよくなるという理論は、素朴に人間の気持ちにフィットします。