総理は手のひらで何度も頬を叩いた。
まだ頭の中はぼんやりしている。昨夜はほとんど眠っていない。突然舞い込んだサイバーテロ対策に追われていたのだ。日本がこれほど世界の晒しモノになるとは。出所も明らかでないたわ言にすぎないのだが、どれも政府が否定すればするほど真実味を増してくる情報ばかりだ。
事実、昨日中に訪日が予定されていたイギリス首相、フランス外相、中国の共産党幹部が訪日の延期を言ってきている。
東京在住の各国大使館の家族が、様々な理由をつけて帰国しているとも聞いている。さらに東京から大阪に本社を移す外資系企業は数え切れないようだ。危険を察して逃げ始めたネズミのようなものだと思ったが、それを阻止できないもどかしさがある。
まさに東日本大震災のときの原子力事故時と同じだ。いや、状況から考えるとさらに悪化している。冷静に考えればデマだということはすぐに分かるはずだが、日本の信用度などゼロに等しくなっているのかもしれない。
そのとき、秘書が入ってきた。
「鈴木幸男氏が面会を求めてきています」
突然、名前を言われても誰だか思い浮かばない。しかし秘書が取り次ぐからにはそれなりの肩書を持つ者だろう。
「京菱銀行の頭取です。アポなしの飛び込みで来るとは、何を考えているんでしょう。断りましょう。あと5分で閣議が始まります」
「以後の予定を10分ずつずらしてくれ。執務室に通すように」
総理は一瞬迷ってから言った。アポなしの飛び込みだからこそ、重要な案件なのだろう。
「至急、財務大臣と金融庁長官を呼んでくれ」
「しかし――」
秘書が呼びかけたが、総理はすでに執務室に歩き始めている。