総理が執務室に入りデスクに座ったとき、4人の男が揃って入ってきた。たしかに経団連のパーティーで会ったことがある。都市銀行4行の頭取たちだ。

 総理は内心驚いていた。せいぜい1人か2人の頭取が、グチを言いに来たのかと思っていたのだ。

 総理は上着のボタンを止めると立ち上がった。

 横一列に並んだ頭取たちは全員が悲壮な表情をしている。

「昨日、全世界に向けて東京直下型の地震情報と富士山噴火の予知情報が流されました。どちらも、各国の言葉に訳されたもので、危機感を煽るものです。特に富士山噴火の可能性の情報は、金融機関中心に流されています。その後の各都市銀行の状況をご説明にまいりました」

 いちばん年配の京菱銀行の鈴木頭取が一歩前に出て言った。

 そのとき、ノックと共に財務大臣と金融庁長官が入ってきた。2人ともかすかに息を弾ませている。4人の頭取たちを見て驚いた表情を浮かべたが、すぐに目で挨拶を送っている。当然、よく知っているのだろう。いや、ひょっとすると2人の助言でここに来たのかも知れない。

「政府はデマに惑わされないように国内外に広く訴えるとともに、悪質なサイバー攻撃と見なして、警察庁、公安調査庁が配信元についての調査を行っています。さらにアメリカ、EU諸国に対しても協力を求めています」

 総理は自分でも、何とも頼りにならない、心もとない言葉だと思いながら言った。

「昨日1日で、関東近隣で数百億円の預金引き出しが起こりました。これは平常の2倍にあたります。東京直下型の地震論文のせいだと思われます。そして閉店後に富士山噴火の情報が流れました。銀行が閉じた後はATMで引き出しが従来の10倍以上に増えています。これは各行みな同じです」

 総理の言葉を無視するように言った。

「銀行業務が始まる今日、すでにいくつかの銀行前には行列が出来ていると報告を受けています。この調子では、さらに増えるものと思われます」

 頭取は総理の反応を探るように見つめながら話した。

「海外支店ではさらに多くの預金引き出し、取引停止の報告が来ています。我々も根拠のないデマであると説明を続けていますが、効果は見られません。こうなりますと、すでに民間企業の対処の域を超えていると結論付けました。そのため、こうしてご報告に伺った次第です」

 総理は返す言葉が浮かばなかった。

 たかが出所不明の災害論文とCG映像で日本を代表する都市銀行のトップがそろって陳情に来るとは。

(つづく)

※本連載の内容は、すべてフィクションです。
※本連載は、毎週(月)(水)(金)に掲載いたします。