能作:僕は、30年以上前から「産業と観光を結びつける必要性」を感じていました。
 ものづくりの魅力を伝えようと、旧工場にも小さな展示スペースをつくったり、10年以上にわたり、年間約1200人の地元小中学生の工場見学を受け入れたりしてきました。

「能作式」<br />教える人がいないほうが、<br />社員が早く育つ理由年間約1200人の地元小中学生の工場見学

――どうして、そんなに多くの小中学生を受け入れてきたのですか?

能作:「鋳物の仕事や職人について知ってもらうことが、伝統産業や地域の素晴らしさを伝えることにつながる」と考えたからです。

――直近では、どのくらいの人が見学に来ているのですか?

能作:2017年に、工場、オフィス、物流、鋳物製作体験工房、カフェ、ショップからなる約4000坪の新社屋が完成してからは、工場見学の受け入れを本格化しました。
 来場者数は当初想定の5倍を超え、「月1万人」ペース、年間12万人に達しています。

――じゅ、12万人!? 御社は地方の「一町工場」ですよね? アンビリーバルな数字です! でも、そんなに一気に人が来ると、現場は大混乱しませんか?

能作:もちろん、当初は、かなり混乱しました。でも、今はなんとかうまくやっています。
 能作の工場見学では、「実際に職人が仕事をしている現場」をガラス越しではない至近距離から見ることができます。
 でも、その副作用で、新社屋のオープン当初は、職人たちから「気が散る」「仕事の手が止まる」といった不満の声が上がってきました。

――やはり! 当然だと思います。

能作:ところが今では、「見られること」が、彼らの「誇り」を醸成する源泉になっています。

――どういうことですか?

 なぜなら、見学者(=お客様)との接点を持つことで、職人の心の中に、
「子どもたちに、職人の仕事の素晴らしさを伝えている」
「自分たちの仕事に興味を持ってくれる人がいる」
「地域に貢献している」
 という意識が芽生えてきたからです。

――そんなにうまくいくものですか?

能作:はい。うまくいきました。
 2018年夏に、「『いもの』を学ぼう!」という夏休み中の小学生限定見学体験プランを実施しました。
 高岡銅器の歴史や製造の技法を「能作オリジナルドリル」で学習したり、自分で製作したペーパーウェイトをお持ち帰りいただけたりする特別コースです(2019年も実施)。

――楽しそうですね。

能作:はい。コースの最後に「職人さんへの質問タイム」を設けたところ、「気が散る」とこぼしていた職人が、子どもたちの質問に誠実に答えていました。
「見られる」という経験が、彼の意識を変えたのです。
 産業観光の取り組みを通して、職人としての自尊心や、地域への貢献心が満たされます。

「能作式」<br />教える人がいないほうが、<br />社員が早く育つ理由「職人さんへの質問タイム」

――そんな社員の心の変化が起こるものなのですね。

能作:誇りも、自尊心も、貢献心も、責任感も、「自分の心の中」から自然と湧き上がるものだと思います。

――社長や上司からとやかく言われるのではなく。

能作:そのとおりです。自分で気づくから成長するのですね。富山の本社の雰囲気を少しでも知りたい方は、第1回連載もご覧いただけたらと思います。

「能作式」<br />教える人がいないほうが、<br />社員が早く育つ理由能作克治(のうさく・かつじ) 株式会社能作 代表取締役社長
1958年、福井県生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒。大手新聞社のカメラマンを経て1984年、能作入社。未知なる鋳物現場で18年働く。2002年、株式会社能作代表取締役社長に就任。世界初の「錫100%」の鋳物製造を開始。2017年、13億円の売上のときに16億円を投資し本社屋を新設。2019年、年間12万人の見学者を記録。社長就任時と比較し、社員15倍、見学者数300倍、売上10倍、8年連続10%成長を、営業部なし、社員教育なしで達成。地域と共存共栄しながら利益を上げ続ける仕組みが話題となり、『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)など各種メディアで話題となる。これまで見たことがない世界初の錫100%の「曲がる食器」など、能作ならではの斬新な商品群が、大手百貨店や各界のデザイナーなどからも高く評価される。第1回「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」審査委員会特別賞、第1回「三井ゴールデン匠賞」グランプリ、日本鋳造工学会 第1回Castings of the Yearなどを受賞。2016年、藍綬褒章受章。日本橋三越、パレスホテル東京、松屋銀座、コレド室町テラス、ジェイアール 名古屋タカシマヤ、阪急うめだ、大丸心斎橋、大丸神戸、福岡三越、博多阪急、マリエとやま、富山大和などに直営店(2019年9月現在)。1916年創業、従業員160名、国内13・海外3店舗(ニューヨーク、台湾、バンコク)。2019年9月、東京・日本橋に本社を除くと初の路面店(コレド室町テラス店、23坪)がオープン。新社屋は、日本サインデザイン大賞(経済産業大臣賞)、日本インテリアデザイナー協会AWARD大賞、Lighting Design Awards 2019 Workplace Project of the Year(イギリス)、DSA日本空間デザイン賞 銀賞(一般社団法人日本空間デザイン協会)、JCDデザインアワードBEST100(一般社団法人日本商環境デザイン協会)など数々のデザイン賞を受賞。デザイン業界からも注目を集めている。本書が初の著書。
【能作ホームページ】 www.nousaku.co.jp