ラクな環境にいると、センサーが動かなくなる
キム 心地いい場所にいられるというのは、それはそれでいいことではあると思うんです。でも、自分の成長の可能性を信じた場合には、本当はもっと何かがあるかもしれないのに、そこに向かう努力をしていない、という証拠にもなると思うんですね。そこに可能性があるのに、果たして燃え尽きるような努力をしているのか、と。
僕は企業に勤めた経験はないんですが、20代の頃、過ごす国を意識して変えていきました。ひとつの国で、ある程度の時間を過ごすと、言葉もできるようになって、知り合いも増えて、物事もわかるので仕事も生活もしやすくなる。国を変えるというのは、これを断ち切ってリセットして、ゼロからやり直すということでした。
でも、あえてその経験を何度も自分に強いたことで、自分の中で適応能力といいますか、変身能力みたいなものができあがっていったんです。国を越えてすべてを失うことはネガティブにも捉えられますが、結果的にそれはポジティブなものになった。
もちろん変えることで挫折感も味わうことにもなります。ただ、そもそも挫折を挫折のまま終わらせるというのは、人生の敗北だと思うんです。その挫折をバネにして、これがあったからこそ、ここまで成長ができたと考えるべきだし、あの挫折があったからこそ今があったと思わないと悔しい。実際、僕の場合はそうでした。
人生は一周きりのレースではなくて、周回レースだと僕は思うんです。仮に挫折で一周遅れても、そこから何かを学ぶことができれば、次の周回に生きる。うまく回ろうとしてビクビクしながら生きていくんじゃなくて、仮に挫折しても次に生かせばいい、と思って回れるなら、人生の景色はまったく違って見えてくると思います。
出井 僕も外国生活が長いんですよ。20代から30代にかけて、ヨーロッパに10年くらい住んでいたんだけど、今みたいな情報環境にはなかったんですね。インターネットもないし、電話代はべらぼうに高い。そうすると、勤めていたソニーの中で何が起こっているのかは、まったくわからないわけですよ。
それで、どうしたのかというと、仮説を立てたんです。こうなんじゃないか、ああなんじゃないか、と。それで自問自答していると、けっこう当たったりするわけですよ。それがずっと続いてくると、情報が少ない中で、次にどんなことが起こるかが想像したくなってきてしまう。おかげで僕は、仮説を立てる力が身についたんです。
僕はスタッフ職は嫌いだったので、なるべく本社には戻りたくなかったんだけど、スタッフになってから、この力が思わぬ形で生きました。例えば10年後、ソニーがどうなるのか、みたいな仮説はすぐに出てきた。レポートも書きましたが、今、振り返っても、なかなかのものでしたね。
キム ラクな環境にいると、センサーが動かなくなりますよね。初めて見た光景は、すべてが新しいけれど、数カ月もすれば、もう新しい発見はなくなります。ところが、新しい環境を求めれば、すべてが新しいものになる。もちろんプラスだけじゃなくて、マイナス面もある。場合によっては、命の危険にもさらされる。でも、そうなれば、センサーはフルに活用されます。だから楽しむセンサーも強くなる。出張でも旅行でも、外の世界に出て行けば、疲れます。普段、使わないセンサーをいっぱい使ったからだと思うんです。
出井 でも、だからこそ、面白いものや人に出会えるんですね。センサーが錆び付いてしまったら、それはできなくなる。僕が今も忙しく世界を回っているのは、きっと何か面白いことがあるはずだ、と思っているから。センサーが求めるんですよ(笑)。
キム そして、疲れた分、自分の筋肉になるんですね。自分が本当に何が好きで、嫌いなのかを、探し求める力にもつながっていく。いろんな目標に向けて、同時に走って行く力にもつながっていく。やっぱり居心地にいいところにいることには、警戒する自分を持っていないといけないんですね。
僕が考えていたことを、出井さんが本当に人生で実践されていたと聞いて、改めて感激しています。
【ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ】
四六判・並製・256頁 ISBN978-4-478-01769-2
◆ジョン・キム『媚びない人生』
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