嫌な経験も、いい経験だったと後で気づける


出井 キムさんが2倍のスピードで生きている、と僕が感じるのは、そうやって仮説を立てるスピードが速いということなんでしょう。だから、経験していないことまで、きっとこうなんだろう、と仮設を立てることができた。

キム おそらく誰よりも不安は持っていると思うんです。自分の弱さは、誰よりも自分がわかっているからです。でも、それが未来にも続いていかないように、どうすべきなのか、今も必死で考えています。そこに、濃さはあったかもしれないです。

 自分が弱くて、何も持っていない人間であるということを自覚して、そのまま未来をシミュレーションしたとすれば、やっぱり未来に怯えて生きていくしかできない自分がいます。だったら、本を読んだり、人に会ったりしていく中で、自分に何が足りないのかを、理解していくしかないと思ったんです。

出井 僕の場合は逆に、論理的にはわかっているんだけど、ときどき感情をコントロールできないときがあって、本音を言ってしまうんですよ(笑)。サラリーマン時代に、それで何度失敗したことか。黙ってればいいのに、というところで正論を言ってしまう。もったいなかったなぁ(笑)。まぁ、これは年を取れば減っていきますけどね。

 ただ、日本人はやっぱり建前を言い過ぎだとは思います。だから、本音をもっと言わないといけない。その意味では、僕みたいな人間がいてもいいかな、とも思いますけどね。

キム 出井さんの魅力は、仕事を超えたスケールなんです。とにかく人生を味わい尽くしておられる。ビジネスの世界で頂点を極めた、という基準軸を取り払ったとしても、出井さんの人生は本当に素敵です。仕事も、遊びも、旅も、趣味も、スポーツも、すべてを合わせたトータルな人間として、人生の魅力を味わい尽くして生きておられるから。こんな人はなかなかいない。だから、お話をしたかったし、ご縁をいただきたかったんです。

出井 原点は、子どもの頃にあるんです。僕は、兄を亡くしているんですよ。だから、両親にとてもかわいがられて育てられた。ところが、僕自身はそれが嫌で嫌で仕方がなかったんですね。中学、高校、大学生くらいまで、僕は本当に内気だったんです。こんな環境から逃れるには、どうすればいいかをずっと考えてばかりいたから。

 それが、気持ちいい場所にずっといてはいけない、という感覚につながっていったんでしょうね。心地良い環境だと思ったら、すぐに出て行こうとするんです(笑)。『媚びない人生』にまさにそれが書いてあるわけだけど、僕自身、本を読みながら、どのくらい心地いい場所を出て行こうとしたか、思いつく限り、本に書き記してしまったんですよ(笑)。

 それを数えて年齢で割ってみたらね、3・8年回に1回くらい、異質な体験をしていることがわかったんです。要するに3、4年に一回、もう満足しちゃったからつまんない、何かを変えよう、次に何かないかと、印象深い出来事を起こしているんですね。それは外から見れば、たいてい挫折体験だったりもするんですけど(笑)。でも、それを挫折と見るか、次を切り開いたきっかけと見るかは、僕自身ですから。

 もちろん挫折感はあるし、そのときはつらい。でも、あるとき、わかったんです。どんな嫌な経験でも、あとから考えると、すばらしい経験だった、と気づけると。だから、嫌なことがあれば、思うようにしているんです。お、これはまた面白いことが起きるかもしれないぞ、と(笑)。そういう人生のほうが、楽しいじゃないですか。