時価総額8.5兆円で世界No.1・ユニコーンのバイトダンス。主力サービスの「TikTok」は、その中国バージョンである「Douyin(抖音)」も合わせると、MAU(月間アクティブユーザー)が10億人に達し、いまや世界に並ぶもののないショートムービー・プラットフォームとして存在感を増している。

オンラインサロン「中国トレンド情報局」で、北京から最新の中国事情を発信している黄未来さん初の著書『TikTok 最強のSNSは中国から生まれる』は、ともすれば若者がクチパクやダンス動画を投稿しているだけのSNSと見られがちなTikTokの真の実力を、「テキストから動画へ」「検索からレコメンドへ」「インフルエンサー経済」といった切り口で鋭く分析した本だ。現地の事例満載の本書を読めば、SNSの新しいトレンドは、シリコンバレーではなく、中国から広がっていることが実感できるだろう。

ここでは、オンラインサロン「ITビジネスの原理実践編」を主宰し、『アフターデジタル』で中国の最新事情について深堀りしたフューチャリストの尾原和啓さんが聞き役となって、TikTokのいまとこれからを俯瞰する。(構成:田中幸宏)

10億人が使うショートムービー・プラットフォーム

尾原和啓(以下、尾原) 今回は『TikTok 最強のSNSは中国から生まれる』という本を書かれた黄未来さんと「アジアの最新ソーシャル事情」というテーマで対談させていただきます。

黄未来(以下、黄) いま私は北京からお伝えしています。ちょうど1年前の去年の11月から中国に来たとき、TikTokの前身となった中国アプリ、Douyin(抖音)というアプリを開いてみたら、中身がすごく近未来的で。

尾原 全然違いますよね。

 Douyinの中身はTikTokよりずっと充実していて、いまは中国国内でしか体験できない近未来的なサービスも、すぐに日本に入ってくるはずです。というのも、いままで世界中で使われるWebサービスは基本的にアメリカ発だったじゃないですか。でも、TikTokは去年も今年も世界中のApp Storeのアプリランキングで上位に入っていて、世界中で使われるはじめてのアジア発のサービスとなっています。

尾原 TikTokをつくっているバイトダンスの時価総額は去年の11月の時点で8.5兆円で、当時未上場だったウーバーを抜いて、世界一のユニコーンになりました。もうそれだけの規模になっていますし、とくにアメリカと東南アジアで流行っていたMusical.lyを買収したこともあって、中国国内だけのサービスではないんですよね。インドネシアやタイ、フィリピンとか、かなりの国でナンバーワン動画アプリです。TikTokは全世界でマンスリーユーザーが5億人といわれていますね。

黄 TikTokの数字は公式発表はないんですけど、Douyinは2019年1月の時点で月間5億人だと発表されています。

尾原 合わせると10億人ですか! インスタグラムを超える勢いですね

尾原和啓(おばら・かずひろ)
フューチャリスト、藤原投資顧問、書生
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、i-mode、リクルート(2回)、Google、楽天(執行役員)など12社で新規事業、投資に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『ITビジネスの原理』(NHK出版)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)、『モチベーション革命』(幻冬舎)はAmazon電子書籍会員にて年間総合1位。『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著、日経BP社)は世耕経産大臣の推薦を受ける。近著は『ディープテック』(丸幸弘氏との共著、日経BP社)。
写真:疋田千里

 私は高校生時代のmixiから始まって、ちょうど全SNSを触ってきた世代だと思うんですね。その中で廃れてしまったSNSと、伸び続けているSNSの違いはどこにあるのかなと思ったときに、TikTokの強さの秘密が見えてきました。たとえば、スナチャ(Snapchat)だったら10秒で消えるというアイデア、スノー(SNOW)だったらデザインのかわいさが売りで市場をとったと思うんです。彼らに共通するのは、アイデアやデザインというマネされやすい領域で勝負して、一時期すごく人気になったけれども、やっぱりすぐにマネされちゃって、似たようなサービスが出てきます。TikTokはまったく違って、運営元のバイトダンスの強みはアルゴリズムで、機械学習が得意というゴリゴリの技術屋さんなんです。そうなると、簡単にはマネされません。

尾原 黄未来さんの本でもまとめられていましたが、大きなトレンドとして「テキストから動画へ」という流れがある。動画、とくに15秒くらいのショートムービーは非言語コミュニケーションです。アメリカやヨーロッパはだいたい英語圏ということで英語が話せれば通じるんだけど、アジアはむちゃくちゃマイナー言語が多いので、短い動画で非言語というのは、じつはアジアに合っている。だから、人口が多いアジアに経済の中心が移ってきている時代に、TikTokはすごくフィットしているわけです。

 もう1つは、黄未来さんの言い方だと「検索からレコメンドへ」の流れがあります。わかりやすい例では、いまYouTubeで見られる動画の9割はユーザーが選んでいないんです。最初の動画だけ検索して見るけど、そこから先は自動で流れる動画だったり、下や横に出てくるおすすめ動画を見ているので、じつはユーザーが選択しているのは1割だけで、9割はアルゴリズムによるレコメンデーションなんです。ただ、TikTokが衝撃的だったのは、最初に見る1本目の動画から全部機械学習によるレコメンデーションということですよね。

黄 YouTubeはもちろんすごいプラットフォームで、私も大好きなんですけれども、YouTubeの動画は横型で、パソコン時代の名残を引き継いでいます。しかも、入り口は検索ベースです。それは検索のGoogleが親会社ということも関係しているかもしれません。一方、バイトダンスは、じつはTikTok以外にもニュースアプリや教育アプリなど、いろいろなサービスを展開しているのですが、全部レコメンドありきなんです。レコメンドにかける熱量が全然違うんですよね。なので、検索からレコメンドの時代になったときには、けっこういい勝負になるかもと思っています。

アジアと比べて割高の日本の通信量

尾原 「テキストから動画へ」の文脈でいうと、忘れちゃいけないのは、アジアではパケット代がすごく安くなったということです。4年くらい前は、2ギガで5000円くらいした。それだけ高かったので、アジアの学生さんは、ふだんはデータ通信をオフにしていて、カフェのWi-Fiでだけ使います、という使い方が多かった。

 アフリカもそうですね。

尾原 アフリカはいまでもそうですが、アジアでは去年の後半ぐらいから、100ギガで2000円とかになった。中国もたしか50ギガで2、3000円くらい。

 パケット代なんて誰も気にしていないですね。

尾原 ところが、いまだに日本は5000円で20ギガくらいなので、まだ動画が見放題という感覚じゃないんです。動画ネイティブの世代は、中国や東南アジアのほうが進んでいますね。

 中国はパケ代が安いし、4Gなのに感覚的にすごく速いんです。だから、いまの中国のインターネット、ソーシャルを見ていると、5G時代の日本を先取りして見ているような気分になります。

尾原 いまの中国、アジアの4Gの使い方を見ると、日本の5G時代がわかる。テクノロジーのフォーマットが社会の価値観を決めて、社会の価値観がテクノロジーを決める。この往復がおもしろいですよね。僕は5年前にこういうものをまとめているんです。

 これはどういうことかというと、インターネットが前のめり(lean forward)になって使うものから、ソファにゆったりもたれかかりながら(lean back)使うものに変わってきた、ということなんです。その違いを端的に表しているのがパソコンとスマホの違いで、パソコンは電源を立ち上げるのも面倒くさいし、デスクの前に座らなければいけないから、どうしても「よっこらしょ」というインターネットなんです。そうすると、どうしても「これをやりたい」という目的があるときだけ使うものになってしまう。それに対して、スティーブ・ジョブズがiPadのプレゼンをしたときは、ソファに座りながらプレゼンをしていて、最初からゆったりダラダラ使うものだったわけです。

黄 そうなんですね。おもしろい!

尾原 前向きのインターネットは機能が大事なんだけど、ゆったりダラダラのインターネットはどちらかというとエモーショナルで、目的をもって探す「検索」から「探索」が中心になってきた。この「探索」型を、黄未来さんは「レコメンド」といっているわけです。それは、わかりやすくいうとグーグルとインスタの違いだったんですけれども、中国では、TikTokが探索型インターネットを支配していて、いまや何から何までTikTokで見て決めている。

 中国のレストランに行くと、テレビでテレビ番組を流すのではなく、TikTokをずっと流していたりします。それくらい、ふつうに見るものになっているんです。あと、尾原さんの話で思ったのは、インフルエンサー経済の本質はリーンバックにあるということです。日本では知られていませんが、中国はインフルエンサー・マーケティングが完全に定着していて、日本ではまだブームが来ていないライブコマースも流行っています。ライブ配信でインフルエンサーがモノを売るとかなり売れるんです。中国のトップの美容系のインフルエンサーは、1回の配信で3時間もやったりするんですよ。

尾原 長いですね!

黄未来(こう・みく)
1989年中国・西安市生まれ。6歳で来日。南方商人である父方、教育家系である母方より、 華僑的ビジネス及び華僑的教育の哲学を引き継ぐ。早稲田大学先進理工学部卒業後、2012年に三井物産に入社。国際貿易及び投資管理に6年半従事したのち、2018年秋より上海交通大学MBAに留学。現在は中国を本拠地として、オンラインサロン「中国トレンド情報局」も主宰。

黄 見ているほうも、ダラダラ見ているからいいんですね。リーンフォワードで前のめりに情報を取りにきている人だったら、3時間なんて見ていられないじゃないですか。で、おもしろかったのは、30分かけて1つの商品を売ったあとに、「みんな疲れたよね。疲れたからちょっと休もうよ。僕も休むから」と言って、そのインフルエンサーがお菓子を食べ始めたんです。「僕、抹茶が好きなんだよね」と言って抹茶のお菓子を食べていたら、その抹茶のお菓子が超売れた。それで思ったのは、服に興味がない人だったら、どのTシャツを着ようが気にならない。リーンバックで、誰かが決めてくれたほうが楽なんです。お菓子も、ちょっと食べたいと思ったときに、スマホで見ている人が「おいしいよ」と言ってくれたら、それを買う。自分でいちいち選ぶより、自分が気に入った人の言うことを聞いたほうが楽というマインドが、インフルエンサー経済の本質だということです。

尾原 『ニュータイプの時代』の山口周さんが「役に立つ」から「意味がある」という価値観の変化について述べているんですけれども、上海に行くたびに思うのは、2年くらい前はコンビニがしょぼかったし、ご飯も屋台飯とはいえ当たりハズレがけっこうあった。ところが、ここ2年くらいでアジアの食のレベルがものすごく底上げされて、ハズレを引く確率が下がった。そうなると、「役に立つ」という機能価値ではそんなに差が出ないから、感情価値が重要になる。お菓子そのものを味わっているというよりも、インフルエンサーの方が食べているお菓子を自分も食べているんだという「感情」や「物語」を味わっているわけです。

「買い物疲れ」がインフルエンサー経済の生みの親?

黄 中国では少し前まで安かろう悪かろうで、いいものを手に入れるためにはものすごくお金がかかっていました。

尾原 ものすごく検索して、ものすごくより好みして探さないと、いいものに巡り会えない。

 それでみんな疲れちゃったんですよ。日本人には想像できないほど、「買い物疲れ」が中国の全世代の人たちに広がっていた。なので、ちょっとしか知らない程度の友だちのおすすめでも、少なくとも大きなハズレないということであれば、もう買う。買いたいんです。そういうベースがあって、インフルエンサー経済がどんどん浸透していった。

尾原 この対談のライブ配信を見ている方が「Baidu(百度)検索疲れます」とチャットに書き込んでくれていますけど、本当に中国の検索って玉石混交で疲れるんですよね。

黄 同じくチャットで「買い物=価格+検索の労力」という書き込みがありますが、本当にそのとおりなんですよね。インフルエンサー経済では、検索の労力をディスカウントできるんです。30代以下のいまの若者は、ZARAとかユニクロで育ってきていて物欲も少ないし、ミニマリズムや断捨離が流行ったりしていて、モノに対するこだわりがどんどん薄れている。さっきの式で「検索の労力」を「探す楽しみ」ととらえるか、「コスト」ととらえるかといえば、圧倒的に「コスト」ととらえる人のほうが多いと思います。日本もこれから「選ぶこと=コスト」だと定義する人が増えていくので、自分で選ばなくていい、インフルエンサーの影響力はますます強くなると確信しています。

尾原 1時間の動画をしっかり見て学ぶ人が減って、YouTubeで3分から20分、TikTokで15秒、20秒となる。人間にとっては「時間」が有限コストだから、自分がコントロールできない時間はできるだけショートカットしたいという欲望があります。ただ、「検索の労力」は「時間」と「信頼できるかハズレを引くか」のかけ合わせで決まるので、時間をショートカットしただけではダメで、たとえばアマゾンのレビューを汚す人がたくさんいると、何を信頼していいのか、わからなくなります。結局、本当に信頼できる人のレビューだけを見ればいいということになって、時間の面でも、信頼性の面でも、インフルエンサーという存在がすごく安定したものになる。

黄 インフルエンサーは、もはや単なるマーケティングの手法ではなくて、商流のメインストリームになっていると思います。

尾原 インフルエンサーはマーケティングではなく、チャネルであるととらえるべきなんですね。いまの若い人たちは、インスタグラムで、平均すると3人から4人くらいの読者モデルの方をウォッチしていて、「彼との暮らし方はこの人」「デートに行くときの服はこの人」「会社に行くときの服はこの人」みたいに、シチュエーション別に参考にしているモデルがいて、その人のマネをしています。中国だと、さらに一歩進んで、そういう方々の着ている服や持ち物がすぐに買えるようになっているんですよね。

黄 インフルエンサーはファッションやメイクだけではなく、Douyinの中には、おじさんのDIYグッズのインフルエンサーもいれば、ひたすら別荘を紹介している別荘専門のインフルエンサー、クルマのインフルエンサーもいます。「インフルエンサー=チャネル」という言葉で表せるように、全ジャンルに老若男女のインフルエンサーがいるというのが中国の状況です。

(後編に続く)