「ネットに流れたモノのいちばん恐ろしくて厄介なことはなんだか分かるか」
「広まるということだろ。たとえウソであっても」
「違う。消すことが出来ないということだ。ウソであろうと事実であろうと。今までのメディアであれば、時間と金を使えば消し去ることが出来た。やり方によっては完全にね。しかし、インターネット上に流れたモノは、消し去ることは不可能だ。世界中のサーバを叩き壊さない限りはね、それでも、別のメディアに残しておけば復活なんて簡単だ」
ロバートは森嶋に言い聞かせるように言った。
「出所は分かっている。中国の政府機関のどこかだろう。人民解放軍のサイバー部隊は5万人の人員がいると言われている。あるいは彼らの息のかかったハッカー集団だ。我が国の国防総省は少なくとも100人単位の協力者がいなければ、これほど大々的な一斉攻撃は出来ないとみている。それも各自が相当優秀なね」
ロバートは攻撃という言葉を使った。
「その攻撃元は突き止めたのか」
「おそらく分かってる。でも、そんなこと何になる。もうとっくに解散してる。すでにタネはまいたんだから。後は放っておけば勝手に育っていく。騒げば騒ぐほど深みに陥っていく」
「どうすればいい」
「どうしようもない。唯一の方法は――」
ロバートは森嶋を見つめている。
「それを凌駕する新情報を流すことだ」
「それはなんだ」
「自分らで考えろ。お前の国の戦争だろう」
戦争と言う言葉が森嶋の胸に響いた。たしかにこれは戦争だ。破れれば国が衰退し、多くの不幸な人が出る戦争なんだ。死者さえも相当数出るかもしれない。
「泊まって行くのか」
「アメリカ大使館に行かなきゃならない。今ごろ大使は、イライラしながら俺を待っている」
森嶋は新しいビールを開けようとするロバートの手から缶を取ると、代わりにコートを握らせた。
森嶋はその夜、やはり眠れない時間をすごした。ロバートの言葉とATMにならぶ列、新しい会議システムが交互に頭に浮かんでくる。
明け方近くになって、やっとわずかに眠っただけだ。
(つづく)
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