(上)現在、長崎港から端島まで運行している船会社は5社。運行は、5社ともおおむね1日につき午前・午後の2便程度。島の近くまで行けても、波が高い場合などは上陸できない。(下)長崎市などが配布する軍艦島のパンフレット。島のどこに何があるのかが、よくわかる。拡大画像表示

 これが市の予想を上回る人気となっている。利用者数は初年度の09年度が約5万5000人。翌10年度は約8万5000人、昨年度も約8万4000人を記録した。3年間で22万人を越え、約65億円もの経済波及効果をもたらしたという。

 県外からの客がほとんどで、それだけ地元経済への波及効果は大きいという。人を引き寄せる魅力があるのである。

 確かに、軍艦島に足を踏み入れると色々な思いが去来する。「リピーターが多く、もっと島の中を見てみたいという要望も多い」(長崎市世界遺産推進室)というのもよくわかる。

「声を上げなくてはいけない」
地道な努力を続けた元島民の思い

「声を上げなければいけないと思い、声を上げました。そのときは世界遺産になれるかもしれないなんて、思ってもいませんでした」

 こう語るのは、NPO法人「軍艦島を世界遺産にする会」の坂本道徳理事長。端島の存在に再び、光が当たるようになった要因として、坂本さんたちの地道な活動が挙げられる。

 端島の中学校を卒業した坂本さんは、閉山離島から25年たった1999年に中学の同窓会を企画した。当時は1クラスに生徒が40人いて、1学年2クラスだった。45歳になった同窓生が、「長崎市内に集まろう」となったのである。45人の懐かしい顔が揃った。

 幹事役を務めた坂本さんは、自信満々である提案をした。「翌日、皆で端島に行ってみないか」というものだった。しかし、同窓生の反応は坂本さんの予想を覆すものだった。

 クビを横に振る人が相次いだのである。現在の島の状況がわかっているので、「見たくない」というのがほとんどだった。それでも坂本さんは諦めきれず、誘いの言葉を繰り返した。それにはこんな事情があったからだ。