エビデンスは重要だが
「統計」にしか過ぎない

《1000人と1000人を比較して、ましな治療法を標準療法と定めるような方法では、個々の患者さんにとっては30%の確率で効果が期待できる治療法Aに賭けるのか、35%の確率で効果が期待できる治療法Bに賭けるのかの違いにしか過ぎないのだ。再発後であれば、「治癒を期待するな。延命のための治療だ」と告げられた上での選択となる。「副作用の程度もわからない、それを標準的治療だ」と誇らしげにする医療でいいのかと疑問を呈し続けている。多くの医師が、人間を一つの集団としか見ない「エビデンス」を絶対正義と信じ込んでいるのだ。》(11月21日)

 医療におけるエビデンスは大事だなんてことは、いまさら議論の余地もない。当たり前の話である。しかし、一方でしょせんは「統計」に過ぎないことも忘れてはいけないのではないか。

 治療の現場で用いられる抗がん剤は、確かなエビデンスを有している。どれだけの確率で効いて、過去のものと比べて副作用もグーンと少ない、なんてことが膨大なデータに基づいて検証されている。だから、保険も適用されている。

 しかし、そんな「エビデンスのある治療法」で救われぬ人々が山ほどいるという現実もあるのだ。

 それが医療というものだという医師もいるかもしれない。どんな画期的な薬でも、効かない患者は必ずいる。残念だが個人差があるのだ、と。だが、少なくとも中村祐輔という医師はそのように患者を見ていない。