エストニアで当たり前に利用されている「電子署名」を、全世界で提供できるようにしようと挑む日本人起業家がいる。それが、ブロックチェーン技術を活用したサービスを展開するblockhive(ブロックハイブ)共同創業者でCEOの日下光(くさか・ひかる)氏だ。エストニア在住の日下氏は、「エストニアの当たり前」を日本にも展開したいと、新サービス「e-sign(イーサイン)を開発した。エストニア政府にブロックチェーン技術企業として認められているビジョナリーが見た未来の社会には、日本を変えるヒントがあった。(聞き手・撮影:小島健志/編集部注:2020年8月、blockhiveは社名をxIDに変更している)

「はんこ」の要らない世界を提案したい

紙の契約書に縛られたくない
エストニアに住んで知った“不幸”

――新サービス「e-sign」(イーサイン)とは何でしょうか。

 一言でいえば、「エストニアの当たり前を日本に持ってこよう」というコンセプトの無料電子署名サービスです。郵便による「メール」がインターネットの普及で「eメール」となったように、捺印・署名(サイン)もデジタル化して「eサイン」へと変えたいと考えました

――「エストニアの当たり前」とは何でしょうか。

 行政サービスの99%がオンライン化されていることです。そのため、行政の手続きはオンライン上で済みますし、確定申告も十数分で終えることができます。選挙においては世界中どこからでも投票ができ、薬の処方箋も紙で受け取る必要がありません。「電子政府エストニア」と呼ばれるのもこのためです。

 このような社会を実現するうえでコアとなっているのが、デジタルID。デジタルIDとは、11桁の国民番号とともに、電子認証と電子署名機能を備えたカードのことです。日本でいえば、運転免許証や保険証、銀行のカードなどが1つになったものといえます。

 このデジタルIDがあるから、「あなた」がしようとしている手続きを、実際に「あなた」が行っているということを証明、担保できます。これまで対面と書面で行なってきた本人確認を、オンラインで100%できるようにしたことで、さまざまなオンラインサービスが安心して利用できるようになりました。

――デジタルIDといえば、日本にもマイナンバーカードがあります。ですが、その普及率はまだ14%と低い状況です。

 エストニアの場合、デジタルIDの普及率は98%です。そのため、行政だけではなく、銀行をはじめとした民間まで、あらゆるサービスがオンラインで接続されています。日本のように、サービスごとにIDをつくる必要性がないため、利便性が高く、国民の支持を集めています。実際、僕もエストニアに住んでいて、この便利さを痛感しています。

――デジタルIDが電子政府エストニアの基盤であるということはわかりましたが、それがe-signとどう関わってくるのでしょうか。

「はんこ」の要らない世界を提案したい日下氏がサインのときに愛用しているペン。先がユニコーンになっていて、音が出る
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 僕には、エストニアに移り住んだことで知った“不幸”があります。

 エストニアの企業同士は、契約を結ぶ際に、書面のやりとりがありません。通常は、電子契約書に電子署名をし、メールを出して終わりです

 具体的には、DigiDoc(Digital Document)というアプリケーションを通じて、契約書をアップロードしてデジタルIDでサインします。これを国の公的機関が無料で提供しています。

 ですが、日本の企業と契約を結ぶとき、紙の契約書に署名・捺印する必要があります。僕は、日本において非居住者のために印鑑登録ができません。そのため、専用のペンを持ち歩いて署名をしています。覚書や秘密保持契約など、何か事業を進めようにも何十枚もの紙の書類にサインしなければいけない。「もう、やめたい!」と思ったのです。

 そこで、日本でもエストニアと同じように電子契約、電子署名を完全に無料で利用できないものかと考えました。そこで、デジタルIDアプリを自ら開発しました。

 特徴はスマートフォンアプリだということです。スマートフォンでマイナンバーカードやエストニアのデジタルIDカードなどにより本人認証をします。マレーシアや台湾など各国でデジタルIDカードの発行が進んでいるので、最終的には日本のみならず、世界で使える「デジタルID」になります

 つまり、エストニアと同様に、電子書類をアップロードして電子署名を付けることができるのです。もちろん、電子契約が有効かどうかは当然、各国の準拠法によって異なりますが、対応国であれば有効です。代表的な地域でいえば、欧州連合(EU)内は電子署名での契約が可能です。

 これにより、印紙税や国際的な郵送費を減らし、印鑑もデジタルIDで置き換えることができます。一度だけ本人確認をすれば、それ以降は確認する必要はありませんので、デジタル世界のはんこのような存在だと考えていただいて構いません。