エストニアは無料が基本
その「当たり前」を提供したい
――それだけのサービスを、なぜ無料で提供しようと思われたのでしょうか。
もちろん、有料の事業計画は何度も書きました。仮に月1万円のSaaS型のサービスにすれば、儲かるかもしれません。でも、しっくりこなかった。自分が起業した頃を思い起こすと、5か月後にようやく月5万円の手取りを受け取れる程度でした。やはりこれは無料で提供すべきではないか、と思い直しました。
電子契約の場合は、双方にデジタルIDが必要です。e-signの場合、双方がデジタルIDアプリを持っている必要があります。費用の問題から一方が使え、もう一方が使えないという状況が続けば、サービスは広がりません。たとえ大手企業に導入されても、かつての僕のような企業が使えないのでは意味がありません。
エストニアでは電子政府の基盤が完全無料だからこそ、利用が広まり、社会を変えることができました。そこで、僕らも無料でサービスを提供し、エストニアと同じ環境をつくりたいと思いました。これにより、契約書の製本コストも印紙代も郵送費もかからなくなるため、本当に社会の裾野まで誰でも電子契約ができるようになるのではないかと考えたのです。
――ネットワーク効果を狙ってのことですね。
ええ。もともと、本人確認という言葉を聞くと、クレジットカードを作るときのように、書類を返送して下手したら数週間かかる、といった印象を抱くかもしれません。それが、この端末1つで数十秒、数分で終わってしまうというのが、僕らのデジタルIDアプリの特徴です。
つまり、デジタルIDアプリをダウンロードして本人認証するというハードルはないですし、もっというと数秒で終わってしまう時代がくるとも考えています。その時代を見越したサービスなのです。
実際、日本の政府としてもマイナンバーカードを普及しようとしており、2100億円の概算予算要求をして、2023年までにほとんどの住民にデジタルIDを行き渡らせようとしています。
早晩、日本国民のほとんどがデジタルIDを利用するようになると信じています。技術的にも、非接触型で認証することは可能です。たとえば、Suicaでピッと決済するように、スマートフォンにデジタルIDアプリを入れて、マイナンバーカードにかざして読み込めば連携できる、という時代がもう間近だと思っています。
欧州の規格に準拠
会社がなくなっても記録は残る
――電子契約の主体は法人が多いと思います。いまの仕組みでは個人しか利用できないようにも思いますが、いかがでしょうか。
e-signに関していいますと、電子契約のためのシステムを法人向けに提供できるよう、すでに何社かと話を進めています。つまり電子契約に電子署名できる仕組みです。ただ、囲い込みをしたいとは思ってはなく、既存の契約マネジメントシステムとの相互運用性を持たせたいと考えています。互換性がなければ、結局、紙に戻ってしまうため、少なくとも電子契約関連サービスを利用していた企業であればどこででも使えるものにしたいですね。
――互換性という点では、EUの電子契約の規格(eIDAS規則)には対応しているのでしょうか。
はい。僕らのサービスは、すべてEUの規格に準じて設計されています。「.pdf」、「.jpg」といったファイルフォーマットでいうと、「.asice」というのがあります。いわゆる電子署名のある契約書は、このファイルフォーマットで出力できます。対応したビューワーがあれば、実際に署名されているかがわかります。当然、欧州でも効力がありますし、仮にe-signのサービスがなくなったとしても、問題はありません。署名自体は残るからです。
日本においても、米国のイーサイン法に準拠していくのか、EU型の電子署名アプローチを採用するのかの議論が進んでいます。米国の場合は、ほとんどのサービスがいわゆる手書きのサイン(署名)をスキャンして送るかアップロードするもの、ないし画面上にサインするという形式のため、本人性を担保したデジタルIDによる電子署名はまだ普及していません。その点、日本はデジタルIDを普及させようとしているため、手書きのサインよりもハンコを押す感覚でできるEU型に進むとみています。
e-signに関していえば、僕たちは、あらゆる人に電子契約ができるインフラを提供したいと考えています。特定のセグメントや特定の企業に絞るわけではありません。
しかも、用途は契約だけにとどまりません。会社の議事録や稟議書から、申請書類、それこそ単なる記録であっても署名して保管しておく、ということができるからです。チームの仲間からは「パワハラの記録をとるのに使える」という話も出ていました(笑)。