電子署名が普及した先に
はんこはなくなるのか

――現在、はんこの関連市場がおよそ9000業者、約1700億円あると言われています。印紙収入自体の税収も1兆円ほどあります。e-signが普及すると、はんこも印紙もいらなくなります。市場への影響はどう及ぶとお考えですか。

「はんこ」の要らない世界を提案したい

 まず印紙についてですが、今年5月に日本では行政手続きをデジタル化する「デジタル手続法」が成立しました。このことから、長期的に見れば、紙から電子に移っていくことに間違いはありません。また、日本企業が電子契約を導入する一番のインパクトは、コストメリットにあります。他の国とは異なり、印紙税の必要な課税文書が多いからです。国としてデジタル化を推進し、企業にとってもコストメリットがあるため、デジタル化は進むでしょう。

 ですが、この数年で印紙税がパッと消えるかというと、それはないでしょう。課税文書も、領収書から不動産売買の契約書までさまざまな分類があります。向こう3ヵ年、5ヵ年というように期間をかけて段階的に変わっていくものだと思います。

 この変化については、「メール」のときを想起してもらえればよいと思います。リアルのメール、つまり「郵便」自体は、電子メールが始まってもなくなりはしませんでした。ですが、そのトランザクション(取引量)というのは、世界中の電子メールの送受信数と郵便配達数を比較したら圧倒的に違うでしょう。

 つまり、今後、デジタル化が進むことで、契約においてトランザクションの量が大きくなると思います。それによって経済活動が活発化するでしょう。1兆円市場がなくなったからといっても、別に1兆円が消えてなくなるわけではない。これを商機だと思ってさまざまなサービスが誕生して広がれば、印紙代の分以上の価値が社会にもたらされると思います。

――確かに、電子メールについては、ユーザー自身がさまざまな用途を編み出しましたよね。

 ええ、そうです。だから、僕たちがあまり意味付けしないほうがいいかなとすら思っています。デジタルIDというのが、官民問わず、産業を横断して使えるインフラだということをいち早く日本市場に理解してもらいたいからです。あくまでも、オンラインで「私が確実に提出した書類です」という証明ができる、というのがサービスの本質です。

――日本は、はんこ文化が根強い国です。会社の決裁をみても、はんこと自分の職務アイデンティティーが結び付いていて、押印することが権限の証しだと思っている方も少なくありません。その文化を変えるのは難しいとも思いますが、日下さんはどう思われますか。

 先日、鎌倉市に打ち合わせに行った際、「鎌倉はんこ」という地元の名産品を知りました。その彫り方や見栄えの良さに心が躍りました。一部がお土産用途で買われていると聞きました。

 確かに、はんこは日本の伝統文化として残っていくでしょうし、残していくのがいいと思います。ですが、日本政府がデジタルシフトしていく中で、商習慣としてはんこを残すことについては疑問が残ります。

 この間、知人からこんな話を聞きました。押印された契約書を持って出張先に行かないと、契約が破棄されるということで、出張の日の早朝に新幹線の発着駅から慌ててオフィスに戻った、と。はんこという物理的な存在があることで、無駄が生じており、選択肢の幅が減ったということです。これは、働き方改革が叫ばれる昨今、時代と逆行することだとも思います。

 だからといって僕らは、はんこ業界をなくしたいとは思っていません。あくまで選択肢を提供するというのが役割だと考えています。無理にデジタル化しろというのではなく、「便利なものがこちらにはあるよ」という提案をしたい。市場をディスラプト(破壊)するようなアプローチではなく、選択肢を提示して、結果的に「やっぱり便利だよね。心地よいね」と選んでもらって、広まっていくのが理想です。

 インターネットが登場し、誰もがいつの間にかeメールを使っていたように、サインもeサインへと変えていきたいと考えています。

 今後、各国でデジタルIDが出てきます。マレーシアは今年12月に、台湾でも来年にデジタルIDが登場してきます。僕らのデジタルIDアプリがインターフェースとなって、世界に広がればいいと考えています。

訂正 記事初出時、最終ページ第9段落で「8割以上がお土産用途で買われている」としていましたが、「一部」の誤りでした。訂正して、お詫び申し上げます。(2019年12月16日 18:00 ダイヤモンド編集部)