わかりにくい弱者は「あってはならぬもの」
今回のMの事例から学べることは多い。
審査を行なう自治体や担当ケースワーカーによって、生活保護という制度自体の運用が異なっており、審査を通過する者とそうでない者がいる。
また、生活保護を受けるべき状況に陥っても申請手続きが面倒であると感じたり、手続きだけではない様々な支援を引き受ける存在としての「政党団体」「貧困対策NPO」に対しても、少なからぬ人が尻込みする「意識の高さ」が存在しており、図らずとも「弱者」の内部に存在する「相対的な弱者」を排除してしまっている可能性がある。
近代化の中で、弱者を社会に包摂する方法は、それぞれの社会でより具体的に整えられてきた。そして、弱者を包摂する方法が制度化されることによって救われる者も確かに生まれた。
しかし、一方で、より機械的な制度化が進めば進むほど、そこから排除される者も生まれてしまうという状況を生み出した。それは「弱者の弱者化」、つまり「弱者内部で『わかりやすい弱者』と規定されにくい相対的な弱者を、さらなる弱者へと仕立て上げる」ことにつながる。
「Mは生活保護を受けるべき弱者ではない」と見る人が多いだろう。私もそう思う。しかし、仕事もしない、カネもない、人とのつながりもない彼が生活保護を受けなければ、野垂れ死ぬかどうかはわからないが、もはや「まともな」社会的存在にはなりえない状況に追い込まれていたのも事実だ。
そこに現れたのが、一見すると弱者の社会への包摂の対極にあるように思えるKのグループだった。事業の軸はヤミ金でこそあるが、厳格化される社会制度から零れ落ちる層とつき合い続ける存在。目的の善悪は別にして、結果的にはMたちにカネと仕事を与え、行政との橋渡しを行なってくれた。「あってはならぬもの」を「あってはならぬもの」が取り込み、漂白する。
Mたちにとって見れば、「自らの生活を守ってくれる」という機能を持つものとしては、行政も、政党団体も、貧困対策NPOも、そしてKのグループも同様の存在であり、「グレーな弱者」(もっと努力をする余地があるのかもしれないし、貧しいのは自己責任であるかもしれない、怠惰で自分勝手な部分もある弱者)にはKのグループが選ばれたのだった。
闇が救済する漂白された「グレーな弱者」たち
「純粋な弱者」を想定しながらの「相対的強者」による代理論争は、「よき社会」を構想するうえでは確かに重要な議論であるが、それは一方で、「純粋な弱者」を求め、あらゆる弱者を「純粋な弱者」の中に押し込むことで支配する眼差しと表裏一体の関係にあることに、自覚的であり続ける必要がある。
(それは、震災後「暴動もなく、苦難に立ち向かい、試練に耐え忍ぶ美しい東北人」と「純粋な弱者」を称え、そこからはみ出した途端に「復興マネー・原発マネーにまみれ、パチンコや飲み屋で散在する」と「あってはならぬ弱者」を断罪する眼差しとも相通じるものだ。メディアを通してしか被災地を知ろうとしない者の妄想の中に生きる「純粋な被災者」など、現実の被災地のどこにもいない。眼差しの支配に自覚的でなければならない)
2012年の2月時点で、生活保護受給者数は過去最高を記録。支給総額は3兆7000億円にのぼる。また、「引きこもり」は100万人以上いるとの推計もあり、もしかしたら彼らも「受給者予備軍」なのかもしれない。生活保護を含めた社会福祉のあり方は、今後も様々な形で社会問題化するであろう。
「生活保護制度を引き締めればいい」と威勢のいいことを言っても、あるいは「弱者を守るために弱者批判をするな」と正論を振りかざしたとしても、それはむしろ「純粋な弱者」から零れ落ちるような「グレーな弱者」を不可視な存在へと漂白し、社会の中で潜在化させていく。
そして、公的な弱者包摂の制度から零れ落ちた人々は、代替可能な機能を有する自生的かつ非公式的な「弱者包摂の制度」へと吸収され、貧困のループの中で生き続けるようになる。
Kはマニュアルの公開に何の抵抗も示さなかった。
「もうこの方法は広まっちゃって古いんです。儲からなくなってきたしリスクもある。うちは、また別な『シノギ』(仕事)を考えたんで、やり始めているからいいんです」
闇のイノベーションが零れ落ちた弱者を救済する。「純粋な弱者」だけが許される社会の中で。
一昔前の活気を失ったようにも思える都市の盛り場。そこでも「あってはならぬもの」の漂白は進み、表の顔は猥雑さを失いつつある。しかし、ネオンが照らさない闇の中には、デフレやグローバル化、マイノリティーといった、日本社会が抱える問題が凝縮されたもうひとつの顔が見えてくる。次回更新は8月21日(火)。8月28日(火)との2週連続で繁華街の闇に迫る。
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■序章 「周縁的な存在」の中に見える現代社会
闇の中の社会
現代社会とはいかなる社会なのか
「下世話」な存在の先に眠る契機
「周縁的な存在」と「無縁」
網野善彦に描かれた、かつての「無縁」
形を変えて生き残る現代の〈無縁〉
「無縁」の原理を貫く「周縁的な存在」
現代社会の「旅」の中へ
第一部 空間を超えて存在する「あってはならぬもの」たち
■ 第一章 「売春島」の花火の先にある未来
明治以前から売春を生業とする島
国家成長を支える公然のタブー
存亡の危機を迎える「売春島」
摘発と情報化で加速する島の衰退
「裏」の顔を捨てられない島の現実
原発誘致を巡る島民の葛藤、その選択
かつての遊女は最期の訪れを待つ
陰影にまぎれ去る者たち
■ 第二章 「現代の貧困」に漂うホームレスギャル
マクドナルドで眠る二人のホームレスギャル
池袋の少女たち
「移動キャバクラ」の実態
売春論が迎えている変化の特徴
小学生から薬物に明け暮れたリナ
キャバクラ、そしてホストクラブへの入店
「性」と「カネ」で満たされたマイカの人生
日々の顧客情報はノートで管理
わかりやすさが見落とした「現代の貧困」
夜の世界に頼れない二つの理由
わずかなつながりを頼りに今を生き続ける
「あってはならぬもの」が明らかにする社会の真実
二人のホームレスギャルが映し出す「現代社会のあり様」
第二部 戦後社会が作り上げた幻想の正体
■ 第三章 「新しい共同体」シェアハウスに巣食う商才たち
住民の死に直面したシェアハウス経営者
佐藤がシェアハウスの入居を懇願した理由
遺体の引き取りを拒否した遺族
「夜逃げ後処理屋」が営む巧妙なビジネス
遺品整理業の現場
二度目の「漂白」を迎えた佐藤の死
メディアが描くシェアハウス像への強い疑問
ほどよい“群れ具合"が物件運営のカギ
ネズミ講に求める一攫千金の夢
「オフ会ビジネス」に吸い取られるシェアハウスの住民たち
時代が生んだ「新しい共同体」に商才は群がる
■ 第四章 ヤミ金が救済する「グレー」な生活保護受給者
生活保護受給者となった元会社経営者
バブル崩壊で始まった破滅へのカウントダウン
ヤミ金にハマった松下に、ヤミ金が手を差し伸べる
「生活保護受給マニュアル」による過酷な演技指導
申請前から申請後まで、完備された受給情報
業者が斡旋するマンション、その二つの特徴
「純粋な弱者」への期待が見落とした本質
ヤミ金がもたらす「インフォーマルなセーフティネット」
「純粋な弱者」のみが許容される現代社会
「マイホーム」「幸せな家族」という幻想
第三部 性・ギャンブル・ドラッグに映る「周縁的な存在」
■ 第五章 未成年少女を現金化するスカウトマン
女のコの名前を“ポケモン"で管理するスカウトマン
キレイな街で見落とされる現代の「女衒」
未成年少女という「絶対的な聖域」
管理強化が可視化する売春ビジネス
巧妙に進化する“いかがわしさ"の代替機能
敏腕スカウトマンが語る「ビジネスモデル」の実態
情報化が生み出した新事業「援デリ」
細分化された欲望が生み出す市場のすき間
デリヘルのシステムを「援デリ」に応用
「援デリ」に訪れる環境の変化
「絶対的な聖域」があるための不可視性と希少性
■ 第六章 違法ギャンブルに映る運命の虚構
雑居ビルを彩る会員制の闇バカラ
現代の「貴族」が没頭するバカラの魅力
「持つ者はさらに持つ」象徴
「逸脱した存在」が生み出す新たな価値
闇スロットの「小さな逸脱」が人を魅了する
カネを巻き上げる手法は洗練され続ける
“馴染みやすさ"で浸透する野球賭博
熱中させる「ハンデ」の仕組み
胴元が備える絶対的な資金力
重層的な人脈が可能にする摘発逃れ
社会の隅々に浸透する「ギャンブル的な存在」
■ 第七章 「純白の正義」に不可視化される脱法ドラッグの恐怖
「ドラッグ専門家」に手渡された「脱法ハーブ」
ドラッグ吸引が引き起こした壮絶な体験
「違法」の網から逃れた、「合法」余地が拡大
薬物へのレッテルが和らげる恐怖感
「合法」薬物だから安心という「思い込み」
「ドラッグ初心者」にもたらされた変化
「脱法ドラッグ」十年の歴史
「純白の正義」で引かれた補助線の先にあるもの
売人が語る「脱法ハーブ」ビジネスの実態
社会問題ともされないアディクションのループ
第四部 現代社会に消え行く「暴力の残余」
■ 第八章 右翼の彼が、手榴弾を投げたワケ
マンションの一室に集められた「プロジェクトメンバー」
右翼団体代表がWEBサイトの運営を始めた理由
「仁義」「任侠」「絆」、そして「良心」への期待
似非同和で成り立つ「怪しい」ビジネス
力と知恵を併せ持つ者だけが生き残れる時代
右翼団体代表として迎えた絶頂期
“シャバ"は小野を受けいれる「余裕」を失う
右翼になるまでの人生
時代の変化で可視化された虚像の実態
「勢い」を見せつけた先にあるもの
■ 第九章 新左翼・「過激派」の意外な姿
デモの中の「普通の市民」ではない者たち
街中に佇む「過激派」のアジト
組織が高齢化する当然の理由
縮小を迎える「学生運動」と「労働運動」
「社会を変えたい」と活動に参加した高井
若者はなぜ、「過激派」に参加したのか
今も続く「三里塚闘争」の現場
「三里塚闘争」が残した二つの爪痕
見落とされる「正義」の重層性
六十歳の活動家が語る闘争の現在
第五部 「グローバル化」のなかにある「現代日本の際」
■ 第十章 「偽装結婚」で加速する日本のグローバル化
フィリピンを訪れた「新郎」
戸籍を汚して得る「報酬」の決まり方
厳格化するタレントビザの摘発
「偽装結婚」の摘発が進まない理由
「新郎」が語る摘発の実態
グローバル化は今に始まったことではない
二つの貧困で変わる「家族」と「結婚」
■ 第十一章 「高校サッカー・ブラジル人留学生」の十年後
簡易ベッドで眠るブラジル人
サッカー留学生がたどる複雑な生い立ち
十五歳で急遽来日、両親との再会
孤独な寮生活で溜め込むストレス
高校を中退、アルコールに依存する生活
十代後半から水商売を転々と
周囲を魅了し、裏切り、逃げ続ける
再起を賭けてふたたびサッカーの道へ
法改正で急増した浜松のブラジル人
決して逃れられない「負の呪縛」
故郷ブラジルで見続ける日本での夢
■ 第十二章 「中国エステのママ」の来し方、行く末
「豊かで幸せな生活」を求めて来日したチェ・ホア
働かない父親、貧しい環境で育った幼少時代
大学時代に募る日本文化への憧れ
転職先のアパレル企業で社長の愛人となり貯蓄
念願の来日を果たし、日本語学校に入校
「富士そば」ですすったタヌキそばの思い出
「中国エステ」との出合い
仕事で学んだ日本人サラリーマンの本音
「中国エステ」の実態
「中国エステ」は誰が始めたのか
「オニイサン、マッサージいかがですかー?」
摘発の厳格化で進む「オシャレ化」
就職と事業に失敗し、「中国エステのママ」に
五十万円で店を売却した理由
従業員の性的サービスが招いたトラブル
健全店として生き残るために磨かれる技術
できちゃった結婚と離婚、さらに「偽装結婚」へ
規制強化に翻弄されながらも経営は順調
「豊かで幸せな生活」を求めて「カネの奴隷」に
■ 終章 漂白される社会
変化する日本社会が向かう先
「周縁的な存在」と「あってはならぬもの」の正体
十二の旅で見えてきたもの
「安全や信頼」の再構築が放棄される
もはや「客観的な安全」などない
現代社会への問い、その答えの一つ
漂白される社会
おわりに
注
主要参考文献
索引