2010年代の低金利、エコノミストが読み誤った訳Photo:Reuters

――筆者のグレッグ・イップはWSJ経済担当チーフコメンテーター

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 世界的な金融危機が終わったばかりの2009年秋、金利はわずか0.1%だった。エコノミストたちはその後の展開について、景気回復は通常より若干鈍いにしても過去と似たような推移をたどり、金利は翌年には上昇し始め、2015年には4.2%で頭打ちになると予想した。

 しかし2010年秋になっても金利は動かなかった。フットボールを蹴ろうと何度も挑戦するチャーリー・ブラウンのように、エコノミストらはその年も翌年もそのまた翌年も、同じ予想を果敢に示した。金利は2015年まで0%に近い水準のままだった。こうしたゼロ金利状態の継続は1940年代以降では初めてのことだった。

 金利はその後上昇し始めたが、かつて正常と考えられていた水準に近づくことはなく、1.5~1.75%で2010年代の終わりを迎えようとしている。ブルーチップ・エコノミック・インディケーターズがまとめた最新の民間エコノミスト予想では、金利は長期的に平均2.4%となる。債券市場の動きから見ると、この予想はやはり高過ぎるかもしれない。10年物米国債の利回りはわずか1.8%であり、インフレ調整後ではほぼ0%となっている。

 エコノミストがこれほど基本的な事柄についてこれほど大きく間違ってきたのはなぜだろうか。過去10年間、彼らの予想をことごとく誤らせたものは一体何だったのか。

 エコノミストたちは、何年も先のことはもちろん、何カ月か先のことでさえ正確に予想できない自らの状況について、答えとなる理論を探し回っている。その理論は、「米連邦準備制度理事会(FRB)のせいだ」と言う以上の説明を提示するものでなければならない。そして、1940年代以降の景気拡大期の中でも今回が低成長だったのはなぜか、インフレ率がFRBの目標値の2%を継続的に下回ったのはなぜかを説明できなければならない。これらの事象こそがFRBが金利をこれほど低く維持してきた理由なのだ。

 その理論はまた、なぜ米国が低成長にもかかわらず史上最長の景気拡大を満喫しているのかという、もうひとつの難問も説明できなければならない。この景気拡大の中、株式市場の強気相場は過去最高値を記録し、失業率は50年ぶりの低水準となった。

 こうした状況を説明する1つの理論は「債務の後遺症」というものだ。この理論はカーメン・ラインハート氏とケネス・ロゴフ氏の著作「国家は破綻する――金融危機の800年」によって広く知られるようになった。同書は金融危機の歴史を解説したもので、2009年に予想外のヒット作となった。両氏によれば、金融危機を受けて一般家庭や銀行、企業、そして時には政府も債務の返済に固執し、次の危機が間もなく訪れるのではないかという不安を抱くようになり、このため借り入れと投資を避ける。これが経済成長・インフレ・金利の抑制につながっているという。

 米国は当初、このモデルをたどった。自国がまだほとんど危機から脱しない時にユーロ圏で別の危機が発生し、ギリシャが債務不履行に陥り、他国もその瀬戸際に立たされた。

 しかし、こうした危機が視界から消えても、低成長・低インフレ・低金利は続いた。

 そのため、かつてビル・クリントン、バラク・オバマ両大統領のアドバイザーを務め、現在はハーバード大学教授(経済学)のラリー・サマーズ氏は2013年、「長期停滞」という別の理論を提案した。この言葉は過去の同大の経済学者アルビン・ハンセンから借用したもの。ハンセンは1938年、世界大恐慌による低成長と高失業率の長期化を説明するためにこの言葉を使い、人口の伸び鈍化に伴う投資の低迷に結びつけた。新たな働き手と顧客が減り、世帯が高齢化して住宅のような高額商品の購入が減ると、企業による投資の必要性が減るという説明だった。