日本の政治・社会のシステムに限界がきていることは、明らかではないだろうか。だが、安倍晋三政権は、もはや過去の遺物にすぎない「昭和の美しい・日本」(本連載第202回)を延命しようとするだけにみえる。

 一方の野党も、国民から完全に見放された「寄り合い所帯」の再結成に熱心で、政策は安倍政権が実現したことを元に戻そうとするだけだ。萩生田光一文部科学相の失言をきっかけに「大学入試改革」を振り出しに戻した(第225回)。そして今度は秋元司元内閣府副大臣の逮捕を好機とみて、「統合リゾート(IR)禁止法案」を国会に提出するらしい。野党も昭和の日本に戻そうという以外に、何の政策構想もない。野党共闘の支持率は全く上がらない。

 唯一、山本太郎代表率いるれいわ新選組の「消費税廃止」が目を引く政策だ。自民党に横取りされない政策で、そこに目を付けた山本代表の生き残り戦略は賢いと思う(第218回)。だが、コアな左翼には受けるだろうが、まっとうなサイレントマジョリティーの支持は得られそうもない。こんなものは「セクシー」でもなんでもない、「超しょぼい」政策だ。

 本稿は、令和元年を締めくくるにあたり、与野党ともに打つ手がみられない日本の限界を超える「新しい国家像」を提示し、気持ちだけでも明るく新年を迎えたいと思う。

「待機児童対策よりも幼保無償化」
という決断に自民党政治の限界が露呈

「自民党政治」の限界をはっきりと示したのが、安倍政権が参議院選挙に勝利し、消費増税によって実行した「幼児教育・保育無償化」ではないだろうか。「幼保無償化よりも、待機児童対策をやれ」という批判が広がったにもかかわらず、自民党が「待機児童対策よりも幼保無償化」を選んだということに、自民党政治の限界がみえている。

 自民党政調会のボトムアップで政策立案される過程を考えてみよう。自民党は、地方に対する公共事業や補助金によって支持を拡大することで長期政権を維持してきた。しかし、待機児童は都市部だけに集中しており、対象は約2万人である。