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アップルのスティーブ・ジョブズ、グーグルのエリック・シュミットやラリー・ペイジをはじめ、シリコンバレーの巨人たちを導いた伝説のコーチ、ビル・キャンベル。「1兆ドル」以上もの価値を生み出したという彼について書かれた『1兆ドルコーチ──シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル著、櫻井祐子訳)には、数々のエピソードとともに、ビル・キャンベルならではのリーダーシップのエッセンスがまとめられている。
この本をベンチャー投資のプロフェッショナルはどう読んだか。ベンチャーキャピタリストも、スタートアップやベンチャー企業に投資しつつも、組織の中に入って助言をしたり伴走しながら成功をめざすという意味では、コーチの仕事に非常に近い部分がある。
メルカリ、カヤック、ナナピなどへの投資で知られ、Forbes Japan「2018年日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」1位にも選出された、ベンチャーキャピタリストの高宮慎一氏(グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナー)に話を聞いた(構成:加藤紀子)。

実際に見たビル・キャンベル

――『1兆ドルコーチ』を読まれて、どんな部分が印象に残りましたか?

高宮 じつは10年くらい前に、シリコンバレーのカンファレンスで彼が話しているのを見たことがあるんです。口が悪く、正直とっつきにくいなぁというのが、表面的な印象でした。

 この本の中にも、女性の前でも平気で下ネタを言うけれども、言われた人はまったく気にかけていないなどといったくだりがありました。つまりビル・キャンベルは、表面的な言葉遣いを凌駕して、多くのスター経営者たちと人と人として信頼関係を築いていた人物だったのだなと思います。

 相手かまわず誰とでもハグしちゃうとか、大勢でフットボールを見ながらビールを飲んでとかっていう気のいい「アメリカのオヤジ」のようなエピソードもありました。日本でいうと、口は悪いけど、温かくて、誰からも慕われている、江戸っ子のオヤジのような雰囲気の人だったんでしょうね。

――ベンチャーキャピタリストとして、共感されたところはありましたか。

高宮 基本的に、ビルの姿勢にはすごく共感します。中でも、2つの点に大きく共感を持ちました。1つは、チーム・ファースト。もう1つは、強力なビジョンと情熱を持つ人々への敬意と愛情です。

 1つ目のチーム・ファーストですが、これはビルがよく口にしていた「全体のことを考えるんだ」という言葉に象徴されます。彼は経営者個人だけでなく、つねにチームを見て、全体の最適化を意識していました。僕も、企業をまさに「法人」、すなわちひとつの「人格」として見るように心がけています。スタートアップを成長させ、やがては持続性のある公器にしていく上でとても重要なことだと考えているんです。

――組織全体をひとつの「人格」として見るとは?

高宮 ベンチャーはアーリーステージであればあるほど事業計画なんて計画通りにはいきません。ベンチャーキャピタリストはそういうことを最初からよくわかっているので、究極は「人」に賭けます。つまり僕らの仕事は、最初は起業家と伴走して、起業家個人を支援することです。

 ところが事業は成長するに従い、起業家個人を超えて、法人としてまるで別の人格のように大きくなっていきます。それは子どもが大きくなると、親の手を離れて別人格になるのと同じような感覚です。

 そうなると、究極的には起業家個人のインセンティブと法人としてのインセンティブが相反してくる場面が出てくる可能性もあります。起業家という立場はとても複雑で、創業者、大株主、経営者というそれぞれの側面があります。その点、僕らベンチャーキャピタリストも、「法人」に仕える社外役員であると同時に一株主としての立場を背負ったりしています。

 たとえばイグジット(創業者やファンドによる株式の売却など。投資回収)をする局面では、起業家は持分比率が大きいですから、会社の株をたくさん売り出せばものすごい儲けになる。けれどもそれがつねに会社全体にとっていいことになるともかぎりません。だからもちろん僕らも自分たちの売り出し比率を下げるなど、さまざまな立場から全体最適を目指すわけです。

 つまり「法人」という言い方は本当に言い得て妙で、経営者個人でもなければ、従業員の総体でもその会社の株主でもない。会社全体を擬人的に捉えて、一部の立場の部分最適を求めるのではなく、その法人そのものにかしずくことで、全体の最適化が実現する。組織全体をひとつの「人格」として見ることを、僕はそんなふうに捉えています。

――経営者個人ではなく法人という人格に仕えて法人に最適なことをすれば、全体最適が実現する、と。

高宮 はい。企業を一過性の打ち上げ花火で終わらせず、100年単位で生き残れる企業をつくるためには、法人という別人格が、生みの親である起業家個人から親離れして、独自の進化を遂げていかないといけません。

 たとえばネスレやGEは、かつてはカリスマ経営者の存在に注目が集まることが多かったですが、いまは経営者個人がそこまで前に出てきている印象はありません。経営者個人のイメージは薄れていく一方で、法人としてはすでに世界中で認知されている。

 ビル・キャンベルは、目先のことではなく、そうした長期的な視点を持ってチーム全体をコーチしています。そういった点は僕らベンチャーキャピタリストが考えていることと似ていますし、心がけていることも同じだと感じました。さらに彼は、僕らのような立場の人間さえコーチしていたわけですから、僕らよりずっと先に行っていたともいえます。