「お金では動かない世代」の背中を押すには?
――ビル・キャンベルのコーチングを日本で生かすには、どのようなことが大切だと思いますか?
高宮 日本とアメリカの組織構造や文化の違いを理解して、日本にカルチャライズすることだと思います。アメリカはジョブ・ディスクリプション(職務記述)が明確でモジュラー型の組織ですが、日本の組織はすり合わせ型でお互いにカバーしながら動いていくので、本の中で触れられている「コミュニティ」に、より一体感が求められます。日本とアメリカにはそういう組織構造の違いが前提としてあることは考慮しておかなければいけません。
また、ビルは本書で、有能かつ誠実で成長意欲があって、コーチャブル(コーチ可能)な相手だけコーチすると言っています。つまり、意識も能力も高く、ビルの言うことを鵜呑みにするわけではなくちゃんと議論もできるような人に絞ってコーチングをし、そのようなキーマンを通して組織全体にインパクトを出していったわけです。
でも日本では、そこまで自走できるプロフェッショナルな人材は多くないと思います。つまり、エグゼクティブに対する1対1のコーチングを1.0、有能なチームをコーチングすることを通じて全体を最適化するコーチングを2.0とすると、日本の場合はもっと現場まで踏み込んで、普通の人たちが自走できるようにマインドチェンジしてあげられるような「コーチング3.0」くらいまで目指すべきなんじゃないかなと思います。
実際のところ、ビルは会社の中をウロウロして誰にでも気軽に話しかけ、「口の悪いオヤジだけど、ときどき役に立つことを言ってくれるんだよね」といった存在感を見せていたので、彼のチームコーチングも3.0に限りなく近いところまでいっていた気がします。
日本でいうなら、たとえば京セラの創業者である稲盛さんが、組織を超えてKDDIやJALの上層部にも稲盛イズムである「京セラフィロソフィー」を伝え、それを継承した人たちが脈々と部下や投資先をエンパワーし続けていることは、コーチング3.0に近いのではないかと。その意味ではコーチングって、言い換えると「カルチャーの普及」とも言えるのではないかなと思います。
――日本の経営者はコーチング1.0を受けている人ですら少数派のようなので、3.0を目指すというのはハードルが高いのでは。
高宮 たしかに簡単なことではないと思います。でももう昭和のように、会社に尽くせば家が買えて豊かになれるみたいな単純な話ではなく、いまの若い世代は、もう国全体が豊かになることはないという現実を受け入れたうえで、お金や出世、社会的な認知度よりも、自己実現、自己成長、社会貢献という自分の絶対軸を持ち始めています。この変化は、いま40歳前後の人たちを境にものすごく大きくなっています。
つまり、個人が求めるものや生き方がますます多様化している。だからこそこれからは、一人ひとりを理解し、その人のモチベーションの源泉を深いところで刺激してあげる必要があるはずです。みんながもう同じ夢を見なくなったいま、それぞれの求めているものを束ねて、会社という大きなプラットフォームで、「あなたはこういう方向をめざしているけど、会社の中ではこういうことができるよ」といった絵を示してあげることが重要なんじゃないかな、と。
仮に、自分の行きたい方向が会社の向かう方向と矛盾しているように見えるときでも、長期的に見れば同じ方向だよ、などといった、一人ひとりのキャリアビジョンを示してあげることがとても大事になってくると思います。この本をきっかけに、日本でもそうしたコーチング3.0とでもいうべき考え方が、リーダーやビジネスパーソンの間に広がっていってほしいですね。
──本日はありがとうございました。
ベンチャーキャピタリスト。株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)代表パートナー。最高戦略責任者(CSO)。GCPではコンシューマー・インターネット領域の投資を担当。投資先に対してハンズ・オンでの戦略策定、経営の仕組化、組織造り、国内外の事業開発の支援を実施。GCP参画前は、戦略コンサルティング会社アーサー・D・リトルにて、プロジェクト・リーダーとしてITサービス企業に対する事業戦略、新規事業戦略、イノベーション戦略立案などを主導。GCPでは、オークファン、カヤック、キューエンタテイメント、しまうまプリントシステム、ナナピ、ピクスタ、ビヨンド、メルカリ、ランサーズなどへの投資を担当。Forbes Japan「2018年日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」1位に選出。
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