敬意と愛情を持って背中を押す

――もうひとつ、強力なビジョンと情熱を持つ人々への敬意と愛情に共感されたということですが。 本の中では、創業者のビジョンを重視せよ、という話もありました。

高宮 僕も、起業家こそが社会の最も貴重な戦略リソースで、起業家のビジョンは最も大切だと思っています。ベンチャーキャピタルなんて、その起業家のビジョンや実行力に乗っけてもらっているだけで、全然貴重でも何でもありません。投資家は資金の出し手ということから、起業家から丁重に扱われます。でも、ここで起業家より事業がわかっていると勘違いしたり、全能感を持ったりしてはいけない。

 投資家が起業家よりその事業のことをわかっているなら、投資なんかしないで自分で事業をやったほうがリターンを得られるはずです。でもそれができないから、投資家というミドルリスク・ミドルリターンみたいな仕事をやっているのだということをちゃんとわきまえないといけない。だからこそ、起業家のビジョンを何よりもリスペクトすべきというビルのスタンスには共感が大きかったですね。

 とくにスタートアップは、答えが正しいのか、そもそも答えがあるのかどうかもわからないような状態で、正しかった答えですら明日には変わるかもしれないっていう世界で走り続けなければいけないので、渦中にいる当事者である起業家の「腹落ち感」がものすごく大事です。

 起業家が持っている方向性を僕らが外から強引に変えさせて、彼らが「腹落ち」しないまま進めても、その組織にドライブ感は出てきません。起業家自身、自分で考え抜いて「腹落ち」しないと、全力では走れません。

――だからビルのように、敬意と愛情を持って背中を押してあげることが大切だ、と。

高宮 その事業をやっている本人が死ぬほど考え抜いた仮説ほど精度の高い仮説はありません。占いと一緒で、だいたい何かを相談してくるときって、彼らの中にすでに答えはあるけど背中を押してほしいみたいなことがほとんどです。もちろん本当にわかっていないこともあるので、そこを切り分けることは重要です。ですが、話をしっかりと聞いて辻褄があっていれば、僕らも背中を押します。

 一方、説明を聞いてもよくわからないときには、何をすべきかの「How」を伝えるのではなく、「Why」という問いかけを大事にします。当事者として本来大切なことがあるはずなのに、情報に溺れて混乱しているようなときは、何が大事かを整理してファシリテートしてあげる必要があります。それを引き出すためのキークエスチョンは「Why」だと思います。

 答えを伝えるのではなく、本人の中にある答えを引き出して、勇気づける。そうして当事者たちが日々、自分たちが正しいと思っている仮説の中で答えを出して、アップデートしていけるようにする。そうやって当事者が情熱を持って前進し続けられるようにすることが僕らベンチャーキャピタルの重要な役割であり、ビルもいちばんそこを大事にしていたのではないでしょうか。

なぜビル・キャンベルは信頼されたのか?

――ビル・キャンベルがここまで多くの人に信頼されたその魅力は、いったいどういったところにあったと思われますか?

高宮 人の根源的なモチベーションをドライブするのって、「何のために自分はいまこの仕事をやっているのだろう」とか、「自分は世の中にどんな影響を与えるために存在するのだろう」とか、深くパーソナルなところまで踏み込むのがカギだと思うんです。

 その点でビルは、「週末何してたの?」とか「子どもは今度受験なのか?」とか、そういうプライベートな話から相手の人となりを理解して、その人の人間性そのものに向き合っていました。そこからどんどん深いところに踏み込んでいきながら、相手のモチベーションを高めていったところが彼のすごいところだと思います。
 
 もうひとつ、彼があれだけのビッグネームたちから絶大な信頼感を寄せられたのは、彼が経営者目線を持って、彼自身の具体的なストーリーを語れたことにあると思います。

 彼は元経営者で、GOコーポレーションというスタートアップで大失敗をした後、インテュイットという企業でCEOとして成功を収めました。元経営者として、ジェネラルマネジメントの視点を持って経営を語れる人でした。だから彼のストーリーには経験に裏付けられたリアル感があり、その言葉に説得力があったからこそ、あれほど信頼されたんだと思います。

 僕らも実績のない一般論を語るより、過去の成功や失敗の経験から具体例を挙げて説明したほうが、同じことを言っても説得力が違います。