資本主義「後」の世界をどう描くか?16世紀末の過ちを正す必要性企業の所有に関して再考が必要と説くバルファキス氏 Photo:REUTERS/AFLO

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回は資本主義「後」の世界に関する論考です。同氏は、資本主義の過ちを正すためには1599年までさかのぼって考える必要があると指摘します。

 12月の英国総選挙でジェレミー・コービン率いる労働党が敗北したことで、特に大統領予備選挙を控えた米国では革新左派勢力が危機感を募らせている。だが、資本主義そのものも、予想もしない複数の方面から批判を浴びることになった。

 大富豪、企業の最高経営責任者(CEO)、さらには金融メディアまでもが、知識人や地域共同体リーダーたちに合流し、声をそろえて「ランティエ資本主義」の残酷さ、下品さ、持続可能性のなさを嘆くようになったのだ(※ランティエ Rentierとは金利生活者)。最も強力な企業の取締役会においてさえ、「今までどおりのやり方は続けられない」という気分が広がっているようである。

 超大富豪(ウルトラリッチ)たち、その中でも多少なりともまともな感覚のある人々は、ますます息苦しさを覚え、当然ながら罪の意識にも苛まれつつ、大多数の人々が破滅的な不安定さに陥りつつあることに脅威を感じている。

 マルクスが予言したように、彼らは最も強力な少数派を形成しているが、無資産階級にまっとうな生活を保障できないような二極分化した社会を支配していくには不向きであることが判明しつつある。

 ゲートで守られたコミュニティに立てこもりつつ、ウルトラリッチ層の中でも賢明な人々は、新たな「ステークホルダー資本主義」を提唱し、自らの階層に対する税率の引き上げさえ要求している。彼らは、民主主義と再配分可能な国家こそ最善の保険であると認識しているのだ。だが、一方で彼らは、その保険料をケチることが一つの階級としての自身の本性なのではないかと懸念している。

 提案されている是正策は、熱意に乏しいものから滑稽なものまでさまざまである 。企業取締役会に株主価値以外にも目を向けるよう要求するのは素晴らしいが、残念ながら、取締役たちの報酬と任期を決めるのは株主だけであるというのが不都合な真実である。

 同様に、金融の並外れた影響力を制限せよという主張は人目を惹くが、たいていの企業がその株式の大半を握る金融機関からしっぺ返しを食らうという事実がなければ、の話である。

 ランティエ資本主義に対抗し、単なるマーケティング戦略にとどまらない社会的責任を担う企業を作っていくために必要なのは、何をおいてもまず、会社法の改正である。この取り組みがいかに大規模なものかを理解するには、資本主義が売買可能な株式という武器を手にした歴史上の瞬間に立ち戻り、「この過ちを正す用意はいいか」と自問するのが良いだろう。