元財務大臣が十代の娘に語りかけるかたちで、現代の世界と経済のあり方をみごとにひもとき、世界中に衝撃を与えているベストセラー『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ヤニス・バルファキス著、関美和訳)がついに日本に上陸した。
ブレイディみかこ氏が「近年、最も圧倒された本」と評し、佐藤優氏が「金融工学の真髄、格差問題の本質がこの本を読めばよくわかる」と絶賛、ガーディアン紙(「新たな発想の芽を与えてくれるばかりか、次々と思い込みを覆してくれる」)、フィナンシャル・タイムズ紙(「独自の語り口で、大胆かつ滑らかに資本主義の歴史を描き出した」)、タイムズ誌(「著者は勇気と誠実さを併せ持っている。これぞ政治的に最高の美徳だ」)等、驚きや感動の声が広がっているその内容とは? 一部を特別公開したい。

経済の解説書とは正反対の経済の本

 この本を書きはじめたきっかけは、2013年にギリシャの出版社に頼まれた講演だった。この講演は、若い人たちに向けて経済について直接語りかけるいいチャンスだった。私は昔から、経済学者だけに経済をまかせておいてはいけないと思っていた。この本を書いた理由もそこにある。

 橋をつくるとしたら、建築の専門家にまかせたほうがいい。手術を受けるとしたらもちろん、医師にまかせるべきだろう。アメリカ大統領が科学との戦いを宣言し、子どもたちが科学の授業を敬遠するいまの世の中で、科学の解説書はとても貴重だ。一般の人たちが広く科学を理解し、科学に対して敬意を払うことが、科学界を護る盾になる。またそれが専門家の育成にもつながるだろう。

 しかし、この本はそのような類のものではない。

 経済学を教える者として、若い人たちにわかる言葉で経済を説明できなければ教師として失格だとつねづね思ってきた。そしてもうひとつ、経済学を教える中でさらに強く感じてきたことがある。それは、「経済モデルが科学的になればなるほど、目の前にあるリアルな経済から離れていく」ということだ。

 物理学や工学といった自然科学の世界では、理論が科学的に洗練されればされるほど、自然の働きがよりわかりやすく目の前にさらされていくものだ。しかし、経済学はどうも反対らしい。

 そこでこの本は、経済学の解説書とは正反対のものにしたいと思った。もしうまく書けたら、読者の皆さんが経済を身近なものとして感じる助けになるだろう。それに、専門家であるはずの「経済学者」がなぜいつも間違ってしまうのかもわかるようになるはずだ。

 誰もが経済についてしっかりと意見を言えることこそ、いい社会の必須条件であり、真の民主主義の前提条件だ。

 景気の波は私たちの生活を左右する。市場の力が民主主義を脅かすこともある。経済が私たちの魂の奥に入り込み、夢と希望を生みだしてくれることもある。専門家に経済をゆだねることは、自分にとって大切な判断をすべて他人にまかせてしまうことにほかならない。

目の前の混乱から離れて世界を見つめ直す

 この本を書こうと思ったのには、もうひとつ理由がある。私は長いあいだ娘のクセニアと離れて暮らしてきた。娘はずっとオーストラリアで育ち、私はギリシャに住んでいるので、一緒に過ごす時間が少なく、たまに会えてもまたすぐ離れ離れになってしまう。これまで時間がなくて話せなかったことを娘に話すようなつもりで、この本を書いた。

 この本の執筆は、楽しい作業だった。脚注も参考文献もつけず、学術論文の作法も気にせずに書いたのは、この本が最初で最後だ。

 いつもの「まじめ」な本と違って、この本は母国語で書いた。故郷のアイギナ島にある自宅で、サロニコス湾とペロポネソスの山々を遠くに眺めながら、筆のおもむくままにまかせた。あらかじめ決められた目次も手引きも計画もなかった。たまに泳いだり、ボートに乗ったり、パートナーのダナエと出かけたりしながら、9日間でこの本を書き上げた。

 この本がギリシャで出版されてから1年後、私の生活は一変した。ギリシャ危機をきっかけにユーロ危機が起き、とんでもない大混乱の中に放り込まれたのだ。

 私はギリシャの財務大臣として、国民と国際機関の板挟みになった。だが、その経験のおかげで、この本も注目を集めて多くの言語に翻訳され、フランスやドイツ、スペインなどでベストセラーになった。主要言語の中で、まだ翻訳されていないのは英語だけだった。

 そしてやっとジェイコブ・モーとペンギン・ランダムハウスの優秀な皆さんのおかげで、英語版〔日本版の底本〕が出版されることになった。

 2015年のギリシャ危機での困難な体験を描いた『アダルツ・イン・ザ・ルーム』(未邦訳)の執筆には、ほとほと手を焼いた。その大変な難産のすぐあとで、この本を英語に書き直す作業を行うことで、私は癒された。

 沈みゆく経済の渦に囚われてもがいた経験から逃避できる場所が、この英語版の執筆だった。この本のおかげで、私は昔の自分に戻れたような気がした。昔の私は、マスコミの攻撃にさらされることなく平穏に執筆を行っていた。自分自身に問いかけながら、頭の中にある本当の考えを掘り起こす静かな時間は、私にとって何よりも貴重だった。

資本主義を解き明かす

 いま、私たちは日替わりのニュースについて意見を交わすのに忙しく、本当に見るべきものが見えなくなっている。

 私たちが真剣に考えなくてはいけないのは、資本主義についてだ。

 2017年7月に、私はやはり故郷のアイギナ島で、同じ海と山を眺めながら、この英語版の執筆を行った。娘にはブレグジット、グレグジット〔ギリシャのユーロ圏離脱〕、トランプ、ギリシャ危機、ユーロ危機といった話題ではなく、資本主義について語りたかった。私たちの人生を支配している資本主義という怪物とうまく共存することができなければ、結局は何もかも意味をなさなくなってしまうのだから。

 しかし、私はこの本の中で「資本」や「資本主義」という言葉を使わなかった。この言葉が悪いというわけではない。ただ、この言葉につきまとうイメージのせいで、本質が見えなくなってしまうと思ったのだ。

 そこで「資本主義」のかわりに、「市場社会」という言葉を使うことにした。「資本」という言葉は、「機械」や「生産手段」と言い換えた。専門用語は使わないにこしたことはない。

 影響を受けたものや出典については、告白しなければならない。ここには、私が1980年代のはじめごろから意識的、または無意識的に集めたり借りたり略奪してきたアイデアや言葉や理論や物語が詰まっている。私は自分の考えを磨くため、また講義で学生や聴衆の心に響くような話をするために、ありとあらゆるアイデアを頭に入れてきた。本書はそんなさまざまな影響のもとに一気に書き上げた。そのすべてを示すことはできないが、いくつか思い出せるものを挙げておこう。

 文学作品のタイトルの多くは本文の中で紹介した。SF映画のタイトルも本文中に挙げている。SF映画は私にとって現在を理解するのに欠かせないものだ。そのほかに、4冊の本を挙げておきたい。

 まずは、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』(草思社文庫)。格差の拡大から人種差別的な固定観念までを取り上げた第1章の話を裏付けてくれるのがこの本だ。次に、リチャード・ティトマスの『贈与関係』(未邦訳)。これはカール・ポランニーが『大転換』(東洋経済新報社)で行った議論をもとに血液市場を取り上げたものだ。もう1冊はロバート・ハイルブローナーの名著『入門 経済思想史――世俗の思想家たち』(ちくま学芸文庫)。そして、マーガレット・アトウッドの『負債と報い――豊かさの影』(岩波書店)。この本は負債について書かれた本の中で最高の1冊として、自信を持ってお薦めできる。

 この4作品以外に、私が影響を受けた人物と思想をここに記しておこう。

 カール・マルクスの亡霊。古代アテネ人が書いたギリシャ悲劇。ジョン・メイナード・ケインズによる「合成の誤謬」の解説。そしてベルトルト・ブレヒトの皮肉と洞察。

 彼らの物語と理論と執着は、私の頭の中に住み着いて離れない。この本の内容にも、その影響が表れていると思う。

(本原稿は『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』からの抜粋です)